「平然と言うけど」

柊子は涙ぐんだ目で俺をにらんだ。

「おかしいからね。そんな子を放置しておくの」
「興味がないから放っておいているだけだろ」
「瑛理にとっては、私も彼女もどうでもいい存在なのかもしれない。でも、瑛理がはっきり拒絶しないのをいいことに、彼女は略奪愛をしようと近づいてきてるんじゃない」

柊子の恨みがましい声音に、俺の苛立ちも増してきた。

「昼飯に誘ったのは柊子だろう。俺は挨拶だけで離れようと思ってた」
「今日だけの話じゃない。常日頃あいまいな態度だから期待を持たせてるって言ってるの」
「馬鹿らしい」

それはおまえじゃないか。
俺は下唇をかみしめる。相談相手になるなんて寄ってくる男を安易に近づけて、拒絶せずに頼って。
俺のことなんか言えないだろう。

「おまえは本当に面倒くさいな」
「な……」
「もう、今日は止めよう。俺も柊子も頭を冷やすべきだ」

精一杯大人の対応をしたつもりだ。俺の言葉に、柊子がきっと目の端を釣り上げた。

「今日はと言わず、全部やめましょう」
「は?」
「同居はやめる。ベッドや他の家具はまだキャンセルが間に合うでしょう。離婚についても、兄の結婚を待つなんて言わないで時期を早めましょう」
「おい、柊子」

俺はとっさに柊子の腕を取った。しかし、柊子はその腕を力いっぱい振りほどく。

「帰ります。それじゃあ」

柊子は背を向け、今来たメトロの階段を駆け上がっていった。俺はその場に立ち尽くし、苛立ちから唇を噛み締めた。

「なんなんだよ、柊子」

どうして、河東なんかと連絡を取り合っているんだ。なんの相談をしているんだ。
俺には相談できないことなのか。
そんな言い訳をしているだけで、やっぱり河東のことが好きなんじゃないのか。だから、俺と離婚したいのか。

心の中が重苦しく、怒りとむなしさでいっぱいだった。