「とりあえず、柊子ちゃんを不安にさせないようにきちんと線引きしなよ」
「大丈夫、俺は水平に興味ないから」
「おまえが柊子ちゃんのこと大好きなのはずっと知ってるけど」

そう、兄は俺が一度たりとも言葉にも態度にもしていない柊子への好意に気づいている。本当に鋭い男だ。
ただ肯定するのは恥ずかしいので、俺はむっつりと黙り、セットのサラダをばりばりと食べた。

「おまえにその気がなくても、水平さんのアピールは周囲にわかる。そうすれば、あることないこと噂されないとも限らない。案外、それが彼女の狙いなのかもしれない」

兄の言う通り、水平の好意の示し方はあからさまだ。俺が結婚してからいっそう顕著になった。
浮気などと事実無根の噂を広げ、俺たちがこじれることを狙っている可能性は充分ある。先日、柊子に挨拶した時も随分挑戦的だった。

しかし、あの時の柊子は嫉妬どころか水平と恋愛をすることを勧めてきた。あれには本当にがっくりきたな……。

「まあ、気をつけるよ」
「瑛理のことだから、柊子ちゃんに愛情あふれる言葉なんかかけてないだろ。おまえは本当に意地っ張りなんだから。お兄さんは心配です。でも、こういったことが原因でこじれるなら、それはお互いの意思疎通不足。普段からちゃんと好きだ、大事だって伝えてあげないと駄目だよ」

兄貴、そうは言うけれど、俺のことをまったく好きじゃない女に好意を伝えるのはなかなかハードルが高いのだ。無防備に踏み込んで、柊子に引かれたくない。今の友人の距離感が精一杯だというのに。
先日の旅行だって、結局柊子が俺のことを好きにならないという絶望的な確認にしかならなかった。
柊子は一生一緒に暮らすなら好きな人とがいいそうだ。
つまりそれは俺じゃない。
せっかくの一泊旅行でそれなりに楽しかったのに、帰ってきてみればやはり落胆で悲しくなってしまった。