「志筑先輩」

昼休みの少し前、デスクの横に立った水平しえが小首をかしげて俺に依頼してくる。

「チェックをお願いします」

すぐ下の後輩は面倒を見てやる義務がある。しかし、俺以外にも聞けそうな人間はたくさんいるだろうに、水平は必ず俺のもとへやってくる。
遠慮がちな笑顔とはにかんだ様子は、まあ俺へのアピールだろう。
黒い髪もおとなしそうに見えるメイクも、俺の妻の柊子を意識していることは間違いない。こういう女がいいんでしょうって。
この子が大学時代に明るい茶髪に濃いめの化粧、ギャル系の装いで陽キャグループに属して遊んでいたことは、同期の矢成から聞いている。
おそらくこの会社に内定をもらって真面目路線に切り替え、俺をロックオンしてから清楚系にかじ取りしているのだろう。
俺が既婚者でも奪う自信があるなら、なかなか強いメンタルだ。

「ここ、データ抜けてない?」
「わ、すみません! 急いで直します」
「俺、午後外出で定時後の戻りだから、他のヤツに確認取りな」
「志筑先輩のお戻りを待ちます」

俺は短く嘆息した。俺へのアピールはわかるけど、それだとこの仕事が滞るだろう。完成したら、他部署に回す書類なんだから。

「効率悪いことをしないで、他の人間に聞いて」
「わかりました。あの、でももう少し伺いたいことがあるんです。ランチをご一緒しながらうかがうことはできますか? 夜でもいいです。美味しいお店にご案内しますから」

水平は清楚を気取っているが、こういうところで肉食系がはみ出ている。
おそらく、しづきの御曹司という俺の地位目当てなのだろう。御曹司がすぐ上の先輩で手が届きそうなら、ためらいなく食らいついてくるとは。やっぱりこの子、根性はあるよなと思う。