「どうもしてないよ~。買い物して帰ろうと思ったら、水平さんの姿が見えただけ。おや、あそこにいるのはうちの弟夫妻じゃないか」

志筑課長は私が先輩を狙っていたことを知っている。振られていることも知っているだろう。私はへたくそな笑顔で必死に言った。

「やだなあ、もうお邪魔なんかしませんよ。柊子さん、妊娠中だそうで。おめでとうございます。志筑課長の甥っ子か姪っ子ですね。楽しみですね。じゃあ、私は……」

道端で話し続けるのも変だから帰ります。そんな雰囲気で挨拶をして帰ろうとする。
そのとき、志筑課長の顔がにーっと意地悪な笑顔に変わった。
この笑顔は……見たことないんですけど。

「原井川中学、たったひとりの園芸部員」

その言葉に私はぎくりと固まった。

「きみだよね、水平さん」
「ずっと……気づいていらっしゃったんですか?」
「うん、きみが入社して間もなくのころからね」

屈託なく笑う志筑誠に、私は脂汗が止まらない。中学時代、それは私の黒歴史真っただ中。
両親の離婚、父への絶望。私は心を閉ざし、クラスに馴染もうとしなかった。いじめではなかったがクラスで孤立し、私はいつもひとりで園芸部の納屋か花壇にいた。
顔を隠したいので長い髪は結わず、うつむいて花ばかり見ていた。

そんな私に話しかけたのが、当時剣道部のコーチで来ている大学生だった。

『ね、その花の名前を教えて』

最初は無視した。中学生から見たら大学生は随分大人に見えたし、単純に男の人が怖かった。見ればものすごく格好いいし、こんな芸能人みたいな人が私に話しかける理由がわからなかった。
無視しても、彼は懲りずに話しかけてくる。