離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる

「いいよ。俺はあらためて振られちゃったし。当て馬は早々に退場したいしね」

どこまでも優しい河東くんは笑顔で言い、瑛理の鼻先に指を突き付ける。

「でも、もう泣かせないでくれよ? 俺もずっと好きだった子なんだ」

瑛理が唇を噛み締め、河東くんに頭を下げた。

「悪かった。ありがとう、河東」

ソファから立ち上がり歩み寄る。瑛理がこちらを振り向いた。

「帰ろう、柊子」

私は頷き、それから河東くんに頭を下げた。

「何から何までごめんなさい。ありがとう」
「次は喧嘩の仲裁しないからね」

河東くんは最後まで人の好い笑顔だった。

ビルを出るとき、瑛理は松葉杖にはほとんど頼らず、私の腕を引っ張るようにして歩いた。

「瑛理、どこにも行かないから。ちゃんと松葉杖を使って歩いて」

瑛理は憮然と答える。

「……柊子を探してた。そうしたら、河東から連絡があって……」

トートバッグにしまいっぱなしのスマホを取り出すと、瑛理からの着信がいくつもあった。
瑛理は私が出て行ったあと、追いかけて探してくれていたのだ。足の怪我もいとわずに。
私は泣きそうな気持ちで瑛理の後ろを歩いた。

タクシーでマンションまで帰る道のり、私たちはほとんどしゃべらなかった。何をしゃべっていいのかわからなかった。
瑛理は何を考えているのだろう。忙しいのに煩わされて迷惑だっただろうか。そう思うと、私からはなかなか口が開けない。

「柊子」

マンションの部屋にたどり着き、ようやく瑛理が口を開いた。私に背中を向けたまま、窓の外を見ている。

「はい」