離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる

河東くんのオフィスは恵比寿駅から徒歩五分の立地にあった。
この前ランチをしたカフェとは反対方向だ。雑居ビルにある小さな事務所だけど、中は清潔感があり綺麗だ。一方で音響関係の資材が一角に雑然と置かれてある。

「あー、そっちは見ないでね。綺麗じゃないから」

そう言って笑う河東くん。私が到着したのと入れ違いにオフィスにいた男性社員ふたりがちょうど仕事で出かけていった。
スタッフがいるからふたりきりじゃない。彼はそう言った。
私がちらりと彼を見ると、その目が非難がましく見えたのか、河東くんは苦笑いした。

「ごめん、ああ言わないと来てくれなさそうだったから」
「開き直ってる」
「柊子ちゃんと話したかったんだ。……志筑と喧嘩したのかなあって思って」

案内されたオフィス内の応接セットにつき、黙り込む。しかし、ここまで来てだんまりなのもおかしな話だと思った。

「瑛理、仕事でちょっとあったみたいで。それに怪我をしてからピリピリしてるんだ。私に対して壁を立てているっていうか……。何も話してくれないだけじゃなくて、疎ましがっているのかな。被害妄想かもしれないけど……」
「ふうん、そうなんだ」
「でもこんなこと、きっと夫婦をやっていたらいくらでもあることだと思うの。私が気にしすぎだし、放っておいてほしい瑛理にあれこれ言ったのが悪かったんだよね」
「いくらでもあるかもしれないけど、柊子ちゃんが傷ついていることは事実だと思うけどね」

どきんとする。
私は傷ついている。指摘されて初めて思い至った。