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「柊子」
帰り道、門のところまで瑛理を送る。結局瑛理はたっぷり夕食を食べ、父と兄とワインを空けての帰宅である。志筑家はここ日本橋人形町からタクシーで十五分ほど。都心ど真ん中なので、我が家のある路地から大通りに出れば車はすぐに掴まるだろう。
「なに?」
「話を合わせた俺に御礼は?」
にやにや笑っている夫をにらみつけながら言う。
「どうもありがとうございました~。瑛理の機転で、家族に夫婦仲が悪いのを悟られずに済みました~」
「いや、絶対邦親さんは気づいてるだろ」
うぐっと詰まってしまう。私もそんな気はしている。だけど、私たちが不仲なのに結婚したと思われては、兄や美優さんに気を遣わせてしまう。
「俺たちが離婚しても、姉貴のところは別れないし、邦親さんは美人の彼女と結婚するだろ。気にしてるのは、俺と柊子だけってこともおおいにあり得る」
「それはそうかもしれない。でも私は、兄さんが無事に結婚するまでは円満な夫婦だと思わせておきたいの。兄さんにも、両親と祖母にも」
「その件、今度あらためて話そう。……おまえの言う離婚について、具体的にどうしたいのか」
結婚式から十日、確かにそろそろ話をまとめておきたい。
式の晩、瑛理は離婚しないと言った。おそらくは家のためなのだろうけれど、それは瑛理にとってもよくない。きちんと話し合わなければ。
「土曜の午後は空いてる? お茶しよう」
「夕飯まで空けとけ」
「了解」
私たちは拳同士をこつんとぶつけて別れた。こうしていれば、仲の良い友人同士。
これで夫婦だなんておかしい。だからこそ、お互いに変な関係に進展しないで別れたい。好きでもない相手と身体を繋いで子どもを作って……そんなの不自然だもの。



