瑛理が帰国してくる日、私は仕事を定時きっかりに切り上げた。
買い物をして帰り、夕食を作る。瑛理のリクエスト通り和食作ろう。シンプルなものがいい。
鰹節と昆布で出汁を取り、わかめとお豆腐の味噌汁を作る。お米を炊いて、おかずに豚肉と大根の煮物と自分で漬けた浅漬け。母がよく作ってくれた「お疲れ様」や「お祝い」の料理じゃない。本当に普段どおりのありふれた食卓だ。
私が一番丁寧に自信を持って作れるもので瑛理を迎えたかった。私の身の丈に合ったことをしたいと思ったのだ。

「ただいま」

帰ってきた瑛理をハグする。ほんの数日離れていただけなのに、嬉しくてたまらない。

「お帰り、瑛理」

瑛理が私の髪を撫で、耳元でささやいた。

「ちょっと離れていただけなのに、柊子に会えてすごく嬉しいよ」
「私も同じこと思った。会えて嬉しい」

しばし、そうやってお互いの温度を確認し合った。それから私は意を決して顔をあげた。
まだ荷物を下ろしたばかりの瑛理には不意打ちかもしれない。だけど、言いたいことがある。
ここ数日、ずっと心で繰り返していたことだ。

「瑛理、お夕飯ができてます」
「うん。楽しみにしてた。鍋の中身、俺の好きな大根の煮物? 嬉しいな」

キッチンの鍋を見やって微笑む瑛理。私は呼吸を整えてから告げた。

「キスをしませんか?」

瑛理が少し驚いた顔をする。それから、はにかんだようにうなずいた。

「ああ、俺もしたい」
「あと、もうひとつ!」

勢いよく言って、私は再び深呼吸。
心臓がどくどくと鳴り響いている。