離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる


その週の土曜日のことである。俺は休日出勤があり、オフィスに出ていた。

「あれこれ引き受け過ぎたな」

先輩と同期が大きなプロジェクトに関わっている分、他の仕事を少し引き受けたのだ。そのせいか、俺自身の顧客の仕事が押してしまった。柊子との時間が取りたくて、平日の残業を避けたせいでもある。

問題なのは仕事量や残業の有無ではなく、俺自身が仕事のペース配分を見誤っていたことだ。
すべてそつなくこなしているつもりだった分、あまりよくない失敗だ。

周囲との協調をはかるのは、俺自身の立場のためでもある。どうやってもこの会社の社長令息。偉そうに振る舞えば、いずれ俺の役職があがったとき周囲はついてこない。親しみやすく、頼りになる人間でありたい。

兄貴のような人間的な魅力があるわけじゃない。
俺は計算で、自分を演出する。それがしづき株式会社のためにもなると思っている。

「瑛理、おまえ今日も出社しているのか」

俺ひとりしかいないフロアに入ってきたのは父だ。しづき株式会社の社長こそ、休日に出社とはどうしたのだろう。

「恥ずかしながら、仕事が終わらなかったんです」
「はは、そういうこともある。熱心なのはいいことだ。私は会社にノートパソコンを置いてきてしまってな」

父も家に仕事を持ち帰ろうとしているのだろう。大企業のトップである父は、表向きのんびりしているように見えるが、陰ながら誰よりも働く人だ。兄の誠は父によく似ている。

「瑛理、これはまだ確定じゃないんだがな」

父が俺の横に立ち、内緒話をするように顔を近づけた。誰もいないオフィスだけれど、そういった様子を見せるということは大事なことを言うつもりだろう。