秀樹が乗り込むと同時に、車輪止めを外しに降りてきた運転手が、武志に一礼して挨拶をした。

『今日はありがとうございました。お帰り、お気を付けて。』

胸の名札には、「山本」とあった。

『あの・・・、メールをくれた山本さん・・・?運転手もやってるんですか?』

『あ、はい。うちは小さな会社ですから、人件費削減で。ハハ。では、失礼します。』

『あ、いや、ご苦労さまです。』

(ガイドなんか付けてる場合じゃないだろ!?)

そう思いつつ、武志は、ガイドにも軽く会釈して、バスに背を向けた。


角を曲がって、車のドアを明ける。

持っていた袋を助手席に放り投げた時、中から何かが転がり落ちた。

何も入っているはずはなかった。

そう思っていた。

武志の鼓動が激しくなる。

拾い上げて見ると、やはりそれは制服のボタンであった。

(まさか!待って!)

武志はバスを呼び止めようと、角を戻った。

が、バスはもう発車した後であった。


ところが、彼女はまだそこに立っていた。

武志が、ゆっくり近づいて行く。

『乗らなかったんですか?』

『ええ、実は家がこの近くなんです。』

『良かった、まだいてくれて。』

『えっ?』

武志は、彼女の顔を見つめて微笑み。

落ち着いた声で、言った。


『お疲れ様でした・・・坂本楓さん。』

驚いた彼女が、一歩下がる。


『わ、私は、中山ですが・・・。なんでそんなことを。』

武志は、右手を前に出し、掌を開いた。

『このボタンは、隣の部屋に行った時に、君が入れたんだね。』


「中山」の目には、涙がこみ上げていた。


『卒業式の時、何人かにせがまれたんだけどね。僕がボタンをあげたのは、・・・楓さん、君だけなんだ。』


卒業写真の武志の制服には、一つだけボタンが欠けていた。

そのまま最後まで、好きな人の想い出を守ったのである。

彼女の瞳からこぼれ始めた涙は、もう止まらなかった。