笹原信雄の会社も千種駅のすぐ近くにあった。
16:00過ぎから降り出した雨は、激しさを増して雷雨となっていた。

金曜日の今日は、17:00で一斉退社である。
その時、

「ドーン!」
大きな音に窓ガラスも揺れ、パソコンサーバがクラッシュした。

「なにッ!」

課長である信雄の声に、全員が振り向く。

信雄は、45歳とは見えない容姿で、優しく面倒見が良いこともあって、女性社員からの視線は熱い。

「課長!どうしました?」

サポート役の若林涼音(すずね)が、すぐさま駆け寄る。

「サーバに保存した資料が……今日中に本社へ送らないといけないんだが、参った💦」

「課長、このPCで作成したのなら、復元できます」

「本当か!若林さん」

「はい。ただ、サーバの復旧は時間かかりますから、雷対策万全のネットカフェで作業して、そこから送信しないと間に合いませんね」

パソコンの類は、全く持って苦手な笹原。
彼女に頼る他はない。

「駅前に最近できた店があります。急ぎましょう!」

「わ、分かった。皆んな今日は定時日だから、気をつけて帰るように」

それだけ言い残して、二人は鞄とタブレットPCを持って出て行った。




16:40。
店のペアブースに入る二人。

若林が、素早い操作で資料ね復元を始める。
この腕を見込んで、派遣会社からサポート役に抜擢したのである。

本当は、ビル共用の無線LANを借りれば、ここに来る必要はなかった。
そんなことは知らない笹原。

17:15。
無事に資料送信して完了。

「ありがとう若林さん、助かったよ」

若林が体を寄せてくる。

「涼音ですよ、信雄さん」

そう言ってキスを交わす二人。
涼音の手が信雄の体を這う。

「涼音、こんなとこじゃ💦もうこんな時間だし、帰らないと」

「外は嵐だし、このままここで…」

店内放送が流れる。

「ただいま、豪雨雷洪水警報が発令されました。また、JR中央線は、大曽根から多治見区間で運転を見合わせているとのことです。お帰りの…」

「ほらね。帰れないじゃない。私はここでも大丈夫よ」

言いながら上着を脱ぎ始める涼音。

「ま、待て待て。今日は娘の誕生日なんだ。大曽根からタクシーででも帰らないと。すまない。この埋め合わせは必ず今度」

信雄が娘のことを言うときは、何を言っても無駄と分かっていた。

「残念〜。埋め合わせは約束よ、お泊りでね」

「分かった分かった。さあ、急いで」

慌てる笹原に、仕方なくついて行く涼音。