「これを」

千佳の車の前半分くらいが、映っていた。

「昨夜、咲さんから言われて、事件発生前の全ての監視カメラ映像を遡ってたら…」

運転席の千佳が、後ろを振り向く。
少しして、車を降り、右の後部座席に移る。

「誰かが後ろに来た?」(昴)

「七海ね、きっと」

僅かに千佳が、左の後部座席の方へ動くのが分かった。

「七海の囁きを聴いてるんだわ」
また嫌な感覚が、咲の心を掻き乱す。

その後千佳は、後部座席から出て来なかった。

「…囁き…そう言えば…」

笹原の家を捜査した彼が呟く。
それを聞き逃さない咲。

「なに?」

「あっ…たいしたことじゃないが、当日の朝も仲の良い家族をお向いさんが見ていて、千佳が「行ってらっしゃい」と言うと、普段は手を振るだけの七海が、信雄と千佳の耳元で、何か囁いて、微笑ましく思ったと言ってました」

あの囁きを、この中で唯一聴いている咲。
その背筋に「ゾゾっ」と寒気が走る。

(もしかして…)

「バスの運転手はどう?」

咲の問いに、担当班が答える。

「…はい。市バスの運転手は、早出の午前勤務がほとんどですが、あの日は午後に欠員が出てしまい、気の良い山口が、夕方のシフトも代行したとのことでした」

「それであのバスを…それから?」

咲の顔と声は、
まだあるんでしょ?と言っていた。

「千佳と将吾が学校へ通う朝のバスも、いつも山口が運転していたことも分かりました。また、車内で千佳は、将吾に良く囁いていたそうです」

「まぁ…弱々しい声しか出せないから、必然的にそうなるでしょうね。…ん?それは誰から聞いたの?」

「いつもその同じバスで通勤している、OLです。二人の後ろが定位置になってました。どうやらあの日は、試験結果の公開日であった様です」

「ああ、試験のことは私も学校で聞きました。二人はいつもトップ争いをしてて、初めて将吾が七海に勝ったということです」

学校調査担当班からの報告である。

「あとは…その二日前、将吾は家の階段で転んで頭をぶつけてしまい、包帯をしていたと言ってました。それから…そうそう!あの朝、七海は定期券を忘れて、運転手の山口の耳元で囁き、許して貰えた様だったとも聞きました」

運命の瞬間へ繋がる事実が次々と明らかになっていった。

「つまり…事件の関係者は、涼音を除いて、全員が七海と会話している…彼女のは囁きだけどね」

「ちょっと待て咲さん、宅配便の豊山は?」

三上の疑問である。

「今日、あの現場へ行って調査しているうちに、アミューズメントパーク『XYZ』(シーザ)に気付いて、気になったので中を調べた結果、二つの謎が解けたの」

咲の最大の武器『勘』と洞察力の賜物である。

「あの店で、豊山は早退した七海と会っていたこと。それからこれよ!」

咲がポケットから、袋に入った大きな飴玉をテーブルに投げ置く。

「これは❗️」

「あそこでしか手に入らないもの。そしてそれをゲットしたのは七海(…と私💦)。その時に、おそらく豊山に囁き、あの飴玉をあげたと考えて、間違いないわ」


「まるで…悪魔の…囁き」

思わず昴がつぶやく。
その響きと繋がりに、全員が恐怖を覚えた。