好きな人はいない。そう言ったあたしに千鶴さんは顔色一つ変えることはなかった。
その代わり、
「雪乃は将来どんな人と一緒になりたい」
そんな、あたしの頭を混乱させるだけの言葉を紡いだ。
「将来⋯?」
「ああ」
「どんな人と一緒に⋯?」
「ああ」
千鶴さんの言った言葉を繰り返すだけのあたしを真剣に見据えながら頷く千鶴さん。
どんな、って⋯。
さっきのカップルがプロポーズの話をしていたからか。
千鶴さんの口からそんな言葉が出てきたことにすごく戸惑った。困惑した。驚いた。
「どんな奴と一緒になりたい」
「⋯っ」
ザアッと風が吹いてあたしの黒髪を揺らす。
海の香りがする。
視界の隅にはキラキラピカピカと光る海。
今にも沈みそうな太陽はあたしたちをオレンジ色に照らす。
なんで、なんで、なんで。
なんでそんなこと聞くの。
意味なんてないのかもしれない。気まぐれかもしれない。千鶴さんにとっては取るに足らない、他愛のない会話かもしれない。
だけど、あたしにとったら⋯あたしにとったら────。
ドキドキして切なくて悲しくて儚くて、胸がギュッと痛くなる話なんだ。
それなのに、どこか温かくなる、そんな話なんだ。
叶わないから、でも本当に好きだから。
本当に千鶴さんに恋をしたから──────。



