考えすぎだと思うけど、尾行されたと思ったら池田さんだったこと。
靴音を聞いて、この前を思い出したこと。
仕事から帰って鞄すら持ったままだったのに、優しく髪に指を通しながら、最後まで聞いてくれた。


「ごめんね。怖い思いさせて……側にいれなくて」


すごい勢いで首を振ると、「そうなんだよ」って額に口づけられた。


「本当はね。そいつに会った時に、何となくこんな靴なのかなって思ったんだ。スーツに合わせるみたいな。でも、輝の知り合いを悪く言って嫌な思いさせるんじゃないかなって……違うね」


そうだったんだ。
陽太くんはスニーカーだし、ふと気がつくこともあるかも。
そう納得したのにすぐ撤回されて、首を傾げる。


「……輝に嫌われたくなかったんだ。嫉妬が入ってるから。格好よくて大人で……俺よりも先に輝の近くにいれて、口説けた男を犯人扱いして、輝に嫌われるのが怖かった」


以前は池田さんに憧れてたのも、薄々バレてるかもしれない。
今は違うって、どうしたら伝わるんだろ――陽太くんの肩から鞄を下ろしてテーブルに置くと、ソファまで手を引いた。


「ごめん。言ってたら……」


次は、「ごめん」の前にキスしたい。
やっぱり緊張して恥ずかしくて、遅れてしまった。


「謝らないで。ありがと……」


誰が犯人か分からないし、知り合いじゃないことを願ってる。
それに、その葛藤はすごく普通だ。


「そんな……こと。輝にそんな可愛いことしてもらえるなら、何だってするよ」


まだ至近距離にあった顔を背けると、そうはさせないと掻き抱かれた。


「他の男もいたのに、俺を選んでくれて嬉しい。あいつがそうでも、違っても関係ない。輝には絶対、近づけない……ってしたいのに~~」


仕事で会うから無理だ。
がっくりと項垂れるのが可愛くてつい笑うと、不貞腐れるふりして顔が首筋に沈んだ。


「……輝の会社に転職できないかな」

「………………それは、やめとこ? 」


――それは、ちょっと普通じゃない、かも。
むちゃくちゃだし、美容師続けてほしいし、もし来られたら仕事にならない。


「分かってるよー。おかしい頭でも、それくらい。でも、心配だし寂しい」

「池田さんとも、そんなにしょっちゅう会うわけじゃないから……」


くすんって聞こえたそばから、無防備なそこに温かいものを感じて変な声が出そうになる。


「でも、他にもいるんだろうな。輝を狙ってるやつ」

「そんなの、いな……」


上手く誤魔化せたかな。
裏返った声じゃ、全然隠せてなかったかも。
ドキドキしながら陽太くんを見たら、下を向いてたとばかり思っていた顔が上がって。


「……嘘つきだー」

「……っ」


軽いキスが、どうしてこうも肌を煽るんだろう。
お願いだから、これ以上敏感にならないでと頼むほど、そっと触れられるだけで過剰に反応する。


「可愛くて嘘つきだと、手当たり次第牽制したくなっちゃう。ってか、しなきゃ……」


(……必要ないのに、もう)


こんなふうに、睫毛も瞼も落ちていくんだよ。
そうやって甘く甘く、陽太くんの言うイッてること囁かれるだけで。