「お前、そんなことも知らないのかよ」

「ちょっと! 何よその言い方」

からかうように言った中川くんに、由夢は拗ねた。

「夏の甲子園のことだぜ」

嬉しそうに横から口を出した後、初戦が楽しみだなあと徹は笑った。

「初戦、強いところ?」

「んー、弱くはない。俺たちよりは強い」

そう言いながらも徹は嬉しそうだ。

「また自分たちより強い相手と試合できるからワクワクしてるんでしょ?」

「正解! さすが加恋!」

徹が二ヒヒッと笑う。

徹は本当に試合が大好きだ。
特に、自分より実力のある選手と戦うとき、本当にーまるで遠足前の子どもみたいにーウキウキしている。

それは幼いことからずっと変わっていない。

普通、格上の相手とする試合なんて不安とか感じるものじゃないのかなあ。

「今年も応援、来てくれるだろ?」

いつの間にか鞄の中から出した野球ボールをいじりながら徹が尋ねる。

「しょーがない、行ってあげるよ」

「お、じゃあ私も行こうかな。私も試合、見てみたい!」

「おお、やっぱり野球は現地で見ると迫力が全然違うからな。絶対野球にはまるぞ!」

そういった由夢に、徹は嬉しそうに返した。


「ちょっと、徹」

朝礼が終わり、先生が教室を去っていったの確認すると、私は席を立った。

「んー、なに?」

手招きをして教室の外に呼び出すと、徹はパンを頬張りながらやってきた。

「だから、歩きながら食べるのはやめなさいって」

「お前が呼んだんだろ」

ゴクッと飲み込みながら徹は反抗した。

「まあ、そうだけど」

確かにそうだなと思い、ごめん、と軽く謝る。

「聞きたいことがあるんだけど」

「ん、なんだ?」

改まってなんだよ、と徹はちょっと怪訝そうな顔をした。

「大橋くん、最近何かあったの」

「大橋?」

「うん」

1週間ぐらい前から、ずっと沈んだ顔してるでしょ。

そういうと、徹はああ、と言った。

「まあ、ちょっと凹んでるんじゃね」

「凹んでる?」

「んー」

ちょっとためらいながら徹は続けた。

「俺が言ったって本人に言うなよ」

「うん、黙ってる」

黙っているけれど。

ここのところの大橋くんは、本当に目に見えて元気が無くて、心配だった。

それは決して私だけでもなく。

由夢も心配していた。何かあったのかなって。