稿 男性アレルギー令嬢とオネエ皇太子の偽装結婚 ~なぜか溺愛されています~

「だけれど……家に招くわけにも、貴方のお家に行くわけにもいかないと思うの……」
 エミリーの言葉に再度頷く。
 腐っても公爵令嬢だ。
 いや、男爵令嬢だったとしても一緒だ。
 いくらエミリーは心が女性と言っても、世間は知らない。言うわけにもいかないし、言っても理解してもらえるかどうかも分からない。
 男が女の家を、女が男に家を理由もなく尋ねて行けるのは、婚約者か子供のうちだけだ。
 兄の友達ということで来てもらうことは……と、一瞬考えたけれどダメだ。
 兄に事情を説明する必要が出てくる。お姉さん以外は理解者は一人もいないと言っていた。きっと、周りの人に知られないように細心の注意を払って生活していたのだろう。私がペラペラ人にしゃべるわけにはいかない。
「来月も、きっと舞踏会はあるわ。叔母……あ、……ロイホール公爵夫人は、定期的にお舞踏会を開催しているもの。来月……またここで会えないかしら?」
 来月もここで?
「ええ、もちろんよ。来るわ。来月も、ここに。約束する。……あ、そうだ」
 スカートの隠しポケットからハンカチを取り出す。
 細い糸で細かく編んだ美しいレースが周りを彩っているハンカチだ。レースは購入したものだが、ハンカチに施してある花の刺繍は私がしたものだ。
 亡くなるまでに母親に教えてもらった刺繍。刺繍をしている時は母を思い出す時間なので好きなんだ。
「これ、もらって」
「え?」
 エミリーが驚いた顔をしている。
「レースやフリルのついた天蓋やベッドカバーも無理だけど、ハンカチなら持っていられるでしょう?かわいいものに囲まれるのは無理でも、ちょっとだけね。ほら、お腹いっぱいお菓子は食べられなくても、一口でもお菓子が食べられれば幸せになれるみたいな?」
 私の言葉にエミリーが笑った。