あの日の海は

 高校生になって早3年目に入ろうとしている。暖かいくすぐるような風が鼻の奥で春を告げているのがわかる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーキリトリセンーーーーーーーーーーーーーーーーー

昇降口を入ってすぐにある掲示板にはクラス替えの紙が貼ってあった。
私の横にいる茶髪の高身長男子は罠にかかったかのように吸い寄せられていく。
「莉穂……莉穂!今年も同じクラスだぞ!」
騒いでいるのはこの人ただ1人、私の横にいた幼馴染の須藤徹久(みちひさ)。サッカー部のスタメン、やんちゃ男子だ。元気がよく、少し馬鹿なところが人気を集める。
「そうだね。今年もよろしくね、。」
「おう!…あ、今年は駿も同じクラスだ!」
駿というのは徹久と同じくサッカー部のスタメン佐藤駿くんだ。徹久とは逆に爽やかなイメージがある。
「ねぇ!来たよ来た!」
後ろの方がだんだん賑やかになってくる。
「おはよう。徹久と神楽さん。」
「おぉっす!おはよう駿!3組だとさ、」
私が友達の名前を掲示板で探していると、佐藤くんが来た。黒髪のふわふわした髪は女子の注目を集める。さらに、高身長というおまけ付きだ……モテないわけがない。さっきの騒ぎもこの人が原因だろう。
「おはよう、。」
女子の痛い視線を受けながらも挨拶を返す。始業式が終わると同時に女子が私の周りに集まってくる予想がつく。
「大丈夫?神楽さん。混んでるから離れたりしたら……」
少しでも離れようとするが、佐藤くんに見つかり、手を取られて引き戻された。
「「きゃぁあぁああぁあーー!!!」」
掲示板前にいた女子たちが悲鳴をあげる。
あーあ、噂されちゃうじゃん……。
「あ、えっと……大丈夫です。」
「ん、そっか。それなら良かった。」
佐藤くんは手を離してまた掲示板に目を戻した。全然この後は大丈夫じゃないけどね。
「なになに?2人って、そういう感じなの?」
一部始終を見ていた徹久はサラッとした顔でとんでもないことを言う。
「徹久?な、何言ってんの。」
「なんか離れちゃってたから戻しただけ。」
私は驚きを隠せなかったが、佐藤くんが涼しい顔をして言ったおかげで徹久と女子の誤解が解けた。
「そうか!それなら安心したよ!……そろそろ教室行こうぜ!」
徹久はニコッと笑うとスタスタと歩き始める。茶髪のアホ毛がぴょんぴょんと飛び出ており、廊下にいる男の子にいじられる徹久。
「神楽さん。大丈夫じゃなかったら保健室行ってね。」
「大丈夫だから、ありがとうございました。」
私も少し遅れて教室へ向かう。少しドキドキしたのは内緒にしておこう。



教室に着くと2人は既に女子に囲まれてた。
ほかのクラスになった子も次々と入ってきて2人に近づいていく。
「佐藤くん!今年は委員会どこ入るの?」
「あ!私も気になるぅ!それに、須藤くんはどこ入るの?」
「俺は空いてた係に入るぞ!駿はどうするんだ?」
「んー、友達と同じ委員会かな。」
佐藤くんは入ってきてきた私を見つけると指を指してそう言った。私と同じ委員会に入るってことは、全然集中して仕事できなくなっちゃうよ……。
「やっぱり、駿と莉穂付き合ってるだろ!」
「な訳ないでしょ!」
私はツッコミを即座に入れた。
「でも、怪しいからな!お前ら2人は!」
はぁ、本当にバカなのかアホなのか……。徹久は名探偵が犯人を見つけた時みたいな感じでドヤ顔をする。ため息をついてしまう私。
「今年の生徒会補佐の委員会はこのクラスに回ってくるんだよな、。神楽さん。一緒にやらない?」
生徒会補佐というのは学年で男女各1人しか出来ない珍しい仕事だ。1年交代で1組2組3組を回っていく。今年は3組の男女各1人がなれるというわけだ。
「え、私は図書委員に……。」
「莉穂……佐藤くんと仕事できるなんて人生に1回もないよ?」
横から耳打ちをしてきた私の親友ー奥村寧々ー。
「え、佐藤くんの誘い断るの?」
「何あの子……佐藤くん可哀想……。」
コソコソと言っているのが聞こえ、私は「ごめんごめん冗談だよ。生徒会補佐入ってみたかったんだ!」と、苦笑いしながら自席に向かう。

朝礼、始業式と次々に終わり学活が始まった。学活では係や委員会を決めるらしく、友達同士で仲良く話し合う姿が見られる。
「神楽さん、委員会よろしくね。」
1人でぼーっとしていると、佐藤くんが前の席に座る。びっくりして少し反応が遅れてしまった。
「あ、はい。で私なんかでいいんですか?」
「神楽さんが良かったんだ。他の子だと仕事ちゃんとしてくれなさそうだからさ。」
佐藤くんは困ったような顔をしながら笑う。「そうですか……。」
私は言葉が心にストンっと入り、何となく落ち着く。多分女子に責められた時の言い訳ができたからだろう。
「んじゃ、また後でね。」
佐藤くんはそう言って自分の席に戻って行った。
まず係を決めるらしい。
「じゃあ、後ろの席の人から好きなところに自分の名前が書かれた紙を貼りに来てください。定員オーバーしたらジャンケンとかになります。」
学級委員長は先生の指名によって決まり、坂口くんと高橋さんになった。2人を中心として係を決めていく。
私と寧々は同じ生物係になろうと話していて、私は7列あるうちの後ろから2列目の席、寧々は前から2列目だったので先に私の名前が貼られる。
幸い後ろから2列のうちに生物係になりたい人はおらず安心する。
「莉穂!俺も生物係でいいか?定員4人だろ?俺と奥村さんと莉穂でもまだ大丈夫だし!」
席に戻る途中徹久が声をかけてきた。徹久は大の生物好きで、将来は動物園で働きたいと言っている。少しでも夢への手伝いが出来ればいいなと私は考える。
「ん、いいよ。頑張ろうね。」
「サンキューな!俺頑張るわ!」
うちのクラスは今イモリと蛙を飼っているため、徹久が名前を貼っても女子はそこまでよってこないだろう。ジャンケンなんかするなんてごめんだ。
徹久の列の番になると1人楽しそうに黒板へ行き、迷いなくベタっと名前を貼った。女子は仲のいいグループで固まって何かを話し始める。
クラスの全員が貼り終わると、生物係は1人枠が余っており、定員オーバーの係が熱烈なジャンケンを始める。
「あの、移動します。」
何故か聞き取れたこの言葉はクラスを一気に静かにした。
「生物係行きます。女子は嫌だろうし、1枠空いてるるしね、。書記だったら女子でもできるでしょうし、誰かどうぞ。」
声の主は佐藤くん。ガタッと席を立つと黒板へ行き、書記係にあった自分の名前の紙を生物係の枠へ移動させる。
「駿、書記やりたかったんじゃないのか?」
「あぁ、少し気が変わってな。蛙買おうか考えてたところだしちょうどいいなと思って。」
佐藤くんは、静かに席に戻り何も無かったかのように徹久と話す。静かだった教室もまた何も無かったかのように騒がしくなる。
「ねぇ、莉穂?佐藤くん、莉穂のこと好きなんじゃない?」
「えっ?」
「委員会も一緒で係も一緒にするなんてそうとしか考えられないよ!」
寧々は私の前の席に座り、ニヤニヤしながら話してくる。
「委員会は知らないけど、係は徹久がいるからでしょ?あの二人仲良いからさ、」
「そうかなぁ、。」
なんだか納得しない様子で寧々は自席に戻って行った。佐藤くんが私を好きなんてありえないでしょ……。寧々は何を考えているんだか。
「では、次委員会決めをしていこうと思います。まずは今年3組に回ってきた生徒会補佐についてですが、やりたい人はいますか?」
「俺やりたい!生徒会補佐とか超楽しそーじゃん!やりたいやりたい!!」
手を挙げて騒ぐのはやっぱり徹久。私は少し離れた佐藤くんを見る。佐藤くんは困った顔をし、私を見た。
「他に候補者はいますか?……須藤さん、放課後に仕事とか回ってきますけど、いいですか?」
「え、それは聞いてないぞ!どーしよっかな……サッカーやりてぇもん。」
真剣に悩み始める徹久に近くのサッカー部の男の子が声をかける。
「俺違うのやります!」
コロッと意見が変わりクラスのみんなは口が開いてしまう。慣れている私は1人静かに笑うしかない。
「やってもいいですか?1年生の頃にもやっているので仕事は慣れていますし、放課後は時間あるので大丈夫です。」
手を挙げる佐藤くん。やっぱりやるのかな……?先生も大きく頷いている。徹久より信頼できるからだろう。
「女子は誰かいますか?いなければくじ引きという形にしますが、。」
「女子は神楽莉穂さんがいいです。彼女はしっかりしていますし、部活も文芸部とそこまでハードな部活ではありません。真面目ですし、仕事もすぐにこなせるかと思います。先生、いかがでしょうか?」
……図書委員会に入る夢は無くなったのね。
「とてもいいと思います。ですが、神楽さんが良ければの話です。どうです?神楽さん、大丈夫ですか?やりますか?」
この状況で断るわけにもいかないし、朝約束したのもあって私は「大丈夫です」と言った。
生徒会補佐が決まればそのあとはどんどん決まる。

「ありがとう神楽さん。本当に請け負ってくれるなんて思っていなかったから感謝しているよ。」
学活も終わり、帰りの会までの休み時間。佐藤くんがやってきた。黒髪が風で揺れ、何となく不思議な気持ちになる。
「あ、いえ。図書委員会結局人が沢山いたのでなれなかっただろうし、いい経験になればいいなと、」
「優しいんだね、神楽さんは。図書委員会が人が多いのは徹久が入ったからだろう……基本することは無いし、誰でも出来ることだらけだからどんな女子でも入れたというわけさ。」
「そうだね、。」
佐藤くんが微笑んで優しいと言ってくれ、少し優越感に浸る。誰にもこんな顔は見せないだろうという思考が一瞬でできてしまった。ある意味の心のモヤモヤができてしまい何となく自分を気持ち悪く感じる。