「きっと沙帆に、『先生と距離を置いてくれ』っていうには、少なからず勇気がいたと思うし。それをやっぱり受け止めてもらえないのは、ちょっとは悲しいと思う」

美羽は、「それに」と前置きをしてから、一気に続けた。

「沙帆だって、苦しいと思うよ。いくら自分の気持ちを尊重した結果だとしても、その結果を伝えることで、自分の大切な人を、悲しませてしまうんだから」

美羽は、うつむいた私を励ますように、机の上に置いた私の手をポンポンと叩いた。


「児玉が求めている行動をとれないんだったら、それでいいと思うの。児玉は彼氏だから、児玉の言うことにすべて従わなければいけない、なんてことは、絶対にないよ。けれどね、どうして従えないのか、どうして違う行動をとりたいのか、それはきちんと説明してあげなよ」

「美羽の言う通りだ……」

先生との距離が近い、なんて思ったこと、全くなかった。

けれど、それは私が思っていただけで。

“沙帆、最近全然連絡してこないじゃん。それなのに、『畑中といつも一緒にいるらしい』とか聞くと、普通に不安だわ”

彼は最初に先生のことを話題にした時から、“不安だ”と伝えてくれていたのだから。

気持ちを言葉にしてくれた彼のこと、もっと重く受け止めるべきだった。

そして先生とのやり取りを、説明するべきだった。

説明をして、「なんでもないよ」と言うべきだった。

彼を安心させてあげるべきだった。


「ああ、私って、嫌な奴だな」

あの日―翼が怒った日―だって、翼に話さなかった自分が悪いと、そう思っていたはずなのに。

話さないといけないと、わかっていたのに。

わかっていたあの日でさえ、私に説明を求めない翼の優しさに、甘えてしまっていたのだ。


「ねえ、沙帆。一つだけ確認させて」

美羽は、静かに、尋ねた。

「沙帆が好きなのは、児玉だよね?」

「うん、そうだよ」

美羽の質問に内心驚きつつ、私は即答した。

「それは、1番に好きな人が、児玉っていうことだよね?」

「うん」

美羽は私の答えに、どこか安堵した様子を見せながら、「そっか」と言った。

「私はてっきり、先生のこと、好きなのかなって思っていたよ、最近は」

「先生って、畑中先生のこと?」

「うん、そう」

先生と一緒にいる時の沙帆、楽しそうだから、と美羽が言う。

「先生には、そういう感情、持っていないよ」

先生はー…苦しんでいたことに気づいて、そばにいてくれた人で、飾らない私を、受け止めてくれた人で。

正直、美羽が意味する“好き”とは、違う。
うまく言えないけれど、なんだか、違う。

私は、先生の恋人になりたいとか、そんなこと全く望んでいなくて、
素の私を知って、褒めてくれた先生に、認めてくれた先生に、ただ、ずっとそばにいてほしいだけだから。