放課後、教室前方の入り口から、飯田くんの声が響いた。

(もえ)ちゃん! 帰ろ」

廊下から、窓際の私に聞こえるように大声で呼び掛けるから、クラス中の人が私と飯田くんを交互に見比べている。

っていうか、萌ちゃん!?

さっきまで、佐々木さんだったのに、なんで?

戸惑う私は、元々動きがスローなのに、ピタリと手が止まってしまった。

そこへ、怖い顔をした倉本くんが歩み寄ってくる。

「佐々木、どういうことだよ」

いつも優しい倉本とは思えない低い声で私に詰め寄る。

「え、あの、えっとね、今日、昼休みに聞かれたの。倉本くんと付き合ってるのかって。付き合ってないって答えたら、一緒に帰ろうって言われて……」

私の言い訳を聞く倉本くんの目が怒ってるのは、ありありと伝わってくる。

「じゃあ、俺も言うよ。佐々木、一緒に帰ろう」

すごく嬉しい。

今までなんとなく一緒に帰ってた倉本くんが、こうしてちゃんと誘ってくれるのは初めて。

でも……

「ごめん。迎えに来てくれてる飯田くんを今さら断れないよ」

クラス中の視線が集まる中で断ったら、飯田くんが傷つく。

「……分かった。好きにしろよ」

倉本くんは、無言で席に戻っていく。

その背中が怒っていることはいくら鈍い私でも分かりすぎるほどよく分かった。

どうしよう。
倉本くんを怒らせた?
もう今までみたいに話したりできないの?

私の胸の中は一気に不安でいっぱいになる。

私がもたもたと帰り支度をしている間に、倉本くんは飯田くんが待ってるのとは反対の後ろの出入り口からさっさと帰って行った。

私は、よたよたとたくさんの教科書で重いリュックを背負い、飯田くんの元へと向かう。

笑顔を浮かべる飯田くんは、私と並んで歩きながら言った。

「萌ちゃんと一緒に帰れるなんて、夢みたいだ」

少し帰る方向が違う飯田くんだけど、わざわざ遠回りをして、私の家の前まで送ってくれた。

30分、倉本くんのことを考えて上の空だった私は、飯田くんと何を話したのか、よく覚えていない。

それでも、飯田くんは気がつかなかったのか、全く気にするそぶりも見せず、別れ際、こう言った。

「明日も放課後迎えに行くから、一緒に帰ろ」

「えっ?」

思わず聞き返す私に、飯田くんは笑顔で、

「じゃ、また明日」

と言って帰っていった。