昔々。
この街には、天使がいたらしい。
強くて、やさしくて、愛らしい。
そんな乙女が、白い翼を広げて、人々を救ったらしい。
アタシも、そうなりたかった。
あの日、天使になれた――はずなのに。
「……神様、いったいどういうことなの」
名前は、優木 まりあ。
高校1年生。
赤みを帯びた茶色いくせっ毛。
ふっくらとした、ほの赤いほっぺ。
セーラータイプの制服。
それが、ピンクの部屋に置かれている鏡に映る、アタシ。
「……別人、だわ」
別人みたい、じゃない。
本当に、別人だ。
色素の抜け落ちた髪も。
人間味のなかった顔も。
病衣しかなかった姿も。
真っ白じゃなくなった、この場所すらも。
何もかも、ちがう。
今のアタシは、アタシじゃない。
そう……あの子だ。
最期に会った、あの、ツインテールの少女。
彼女の身体が、今、なぜか、アタシのものになっている。
本当のアタシは。
本当の彼女は。
どうなったんだろう。
どこへ、いってしまったんだろう。
それでも、ドキ、ドキ、ドキ……と、心臓は正常に音を鳴らしている。
これは、この音だけは、まぎれもなくアタシの音だ。
アタシの、心臓だ。