見てくれに騙され、やんちゃしてる程度だと思われているなら、それでいい。そのほうが、幸せなのだ。

この落とし穴が、思ったよりも深く、暗く、寒いと知るのは、当人たちだけで十分。


きっと、そうやって、世界はうまく回ってる。




「で、この巨漢、どうするよ」




ようやく笑いがおさまったのか、鈴夏にまたイライラが吹き返す。


ライターをも蹴飛ばした。

カランコロンとコンクリートを跳ね返り、巨漢の太い足裏に直撃する。


ぴくりともしない。

たった今、この拳で倒したばかりだ。
少なくとも、あと3時間は起きないだろう。


恨みもなければ、今まで面識すらない。



罪悪感?

んなもの、とうに麻痺しちまった。




「可哀想にな。こんな目に遭うなんて」

「いや、自業自得だろ〜?」

「ただ目ぇつけられただけかもしれねえだろ」

「だとしても、こうなる運命だったんだよ。同情なんかしてやるな」




鈴夏の言い分を、ひどいと受け取るようなヤツはここにはいない。

“ふつう”なんか邪魔なだけだ。


「ああ、そうだな」と羽乃はすぐに、なけなしのやさしさをあっさりかなぐり捨てた。



あの巨漢がこんな薄暗い場所で排除されたのは、仕方のないこと。そう思うしかないんだ。


どっかの誰かの“悪”に、引っかかったのが、運の尽き。

オレらはそれに従い、染まるほかない。


そのせいでオレらのほうが“悪”に汚れてしまっても、それもまた、仕方のないことなんだ。