「…………ホームルーム、始まんぞ」
何ごともなかったように彼は立ち上がる。
聞こえなかったフリ、してるでしょ。
それも、ずるい。
「エイちゃんは隣のクラスだったよね?」
「ああ」
「なのにアタシの出席、気にしてくれるの?」
「…………」
肝心なことには、だんまり。
黙秘権を使いきったら、次はお決まりの悪態でしょ。知ってるよ。
不良だからってずるいことばっかりして、逃げちゃやだよ。
どうか一回くらい、ちゃんと聞いてあげて?
「エイちゃんっ!」
ふたりをつなぐ赤い糸は、アタシがつかんで離さない。
離れかけた彼の裾を、力いっぱい握りしめた。
反射的に身を反らして振り返る彼に、背伸びをして声を張り上げる。
「“あたし”は、今も好きだよ!」
「っ……、お、オレはおまえなんか」
「約束、忘れてないよ!」
言わせない。
言わせるもんか。
そんな歯がゆい表情で渡された言葉は、あの花びら以上に大事にできっこないよ。
「せめて……この想いだけは、拒まずに憶えていて」
「……っ」
「お願い」
裾を握る力が、強くなっていく。
それに比例して、真剣な目つきがだんだんと弱まっていく。
彼は下唇を噛み、顔をそらした。
無理やりアタシの手をはぎ取り、校舎の中へ行ってしまう。
「あ……エイちゃ……」
「……また、」
「え?」
「水、かぶるんじゃねえぞ」
校舎に入る寸前、彼はそれだけ言い残し、去っていった。
あれは、遠回しの、いい返事だったりする……?
アタシが本物の優木まりあだったら、確信を持てたのかな。
「……あれ? ここで水をかぶったこと、どうしてエイちゃんが知ってるんだろう……?」