マリアの心臓



……ん?




「……すぅ……」

「…………寝て、る?」




よくよく目を凝らせば、ツインテールがふわふわ小刻みに揺れていた。

長いまつ毛は上と下でぴったりと合わっている。

規則的に空気を送りこむ、小さな鼻を、ツンとつついてみても、目が開く気配はない。




「熟睡してやがる……」




なんだよ! 焦って損した!

心労が一気に吹き飛び、どっと疲れがあふれる。


隣の机に軽く腰かけ、気持ちよさそうに眠る彼女を観察する。

頭がガクッと垂れて、ついに起きるかと思いきや、ふへへと間抜けな寝息がこぼれる。




「……ふ、ふふ……」

「優木?」

「……ウノ、くん……ふふ……」

「……おれ?」




衛じゃなくて、おれのこと呼んだ?

いったいどんな夢を見てんだか。


そんなふうに能天気ににやけられたら、おれまでつられちまうじゃんか。




「『ウノくん』か……」




その呼び方は、ずりぃよ。

なんでおまえが、そう呼ぶんだよ。


よりによって、優木まりあ、おまえが。




「……なあ、優木」

「……」

「左目のことを知ってることも、呼び方も、知りてえことはいっぱいあるよ」

「……」

「でも、訊かれたくねえんだろ?」




ぷっくりとまあるい頬にかかる、赤茶の髪を、耳にかけてやる。


あらわになった横顔は、おれには特別きれいには見えない。

けれど、なぜだろう。

その幸せそうな笑い方は、おれの記憶をひどく刺激する。




「それなら、もう訊かねえ」

「……」

「だからさ……おれの話、聞いてくんねえかな」




寝てる相手に言うおれも、たいがいずるい。


けど、いいんだ。

誰かに聞いてほしい気分だった。



おまえに、話さなきゃいけない気がした。




「おれの、初恋の話」