急な案件が入らなかった今日、一日の業務を終えたのは午後七時頃だった。
帰宅すると、食欲をそそる匂いが漂うキッチンに六花が立っていた。髪を束ね、エプロンをつけた姿でなにかの味見をしていた彼女が、俺を見てふわりと微笑む。
「おかえりなさい」
「ただいま」
冷えた身体だけでなく心まで温まるのを感じながら、お決まりの言葉を返した。最初こそ同居には反対だったが、こういうやり取りができるのは悪くない。
なにより、六花を見ると疲れも吹き飛ぶ。仕事柄、人の汚い部分も多く見る自分にとって、その世界から離れたところにいる穢れのない彼女の存在は宝物のよう。
家庭教師をしていた頃、仕事の帰りに寄ると余計疲れさせるんじゃないかと六花はよく心配していたが、実際はまったくの逆。彼女に会って癒されたかったんだ。
コートを脱ぎ、ネクタイを緩めながらキッチンへ向かうと、調理台にはきつね色のロールカツが揚がっていた。いい匂いの正体はこれとソースだったらしい。
「今日は六花が作ったのか」
「そう。お母さん、友達と新年会だから。雅臣さんはもうすぐ帰ってくると思うけど」
話しながら手際よく調理している六花は、さすが栄養科出身なだけある。



