楽しかった時間は、あっという間に終わる。
もうすぐ八尋が降りるバス停に到着するから。
私が降りるバス停よりも二つ手前。
一緒にバスで帰るのは初めてだけど、小中学校時代はいつも一緒に帰っていて、お互いの家の場所も知っているんだから、降りるバス停くらいわかるんだ。
また一つバス停を通過したところで、八尋が、降車ボタンを押した。
「…………あっ」
わかっていたことなのに、思わず落胆の声が出る。
車内に響いたチャイムと『次、止まります』のアナウンスは、私と八尋の時間がもうすぐ終わることを告げているみたいで、悲しかった。
急に落ち込んだ私の表情を見た八尋が、いとも簡単にその理由を読み取って、
「七花、またね」
って、慰めるみたいにそう言ってくれたけど。
「……うん」
と答えた私のテンションは急降下したまま、なかなか浮上できない。
だって「またね」って、いつのこと?
T高校に入学してから、今日まで一度も会えなかったのに。
今日、偶然に会えたのが奇跡だと思ったくらい、校内での私達の遭遇率は低いのに。
もっと八尋と一緒にいたい。
ううん。
今日だけじゃなくて、前みたいに毎日、八尋に会ってお喋りしたい。
それが出来るなら、特進科の授業が終わるまで、毎日、居残って八尋を待っていたっていい。
むしろ、そうしたい。
だけど、私にはそうしていい権利がないんだ。
前みたいに親友のままだったら、もしかしたら、そう出来たのかもしれないけど。
八尋に告白して振られた私が、わざわざ特進科の授業が終わるまで八尋を待っているなんて、まだあなたに気があります、って言っているようなものだし。
八尋は、それを迷惑に思うかもしれない。
あの告白の日、八尋はちゃんと誠実に私の告白を受け止めてくれて、その上で私を振ったんだから。
私は振られたのに、まだ八尋につきまとうしつこい女と思わるかもしれないし、そうしたら今度は、修正不可能なくらい、絶対的に拒絶されることだってありうる。
それだけは嫌だ。
実際に、私はまだ八尋のことが好きなんだけど、まだそれを八尋には知られたくない。
今のまま、ただ八尋に近づいても、関係を壊すだけだと思うから。
私は諦めきれない恋心を、どうすれば良いのか……一度失恋した私の気持ちは、どこに辿り着ければ正解なのか? まだその答えを見つけられていないんだ。
ただ、八尋が好きだという気持ちだけで、T高校に進学して、今、ここにいるけど。
一度、振られた私が選択できることって、驚くほど少なかった。
目の前に、大好きな人がいるのに、私の初恋は、あの日からずっと迷子のままだった。
