兄さんは、やっと視線を天から私に移した。そして、私の瞳をじっと見つめる。

「なあ、牡丹。お前は親父のことを恨んでいるんだよな?」

「え? ええ。お父さんに復讐するために、ここに来たんですから」

「ははっ。お前も相当根に持つやつだな。たかが浮気で、そんなに恨むことかねえ」

「たかがって、浮気ですよ? 悪いに決まってるじゃないですか。しかも一人、二人ならまだしも、まさか、こんなにも多くの女の人に手を出してたなんて……」

 そんなの異常だ。おかしいよ。

 だけど兄さんは、そうは思わないみたい。

「そうかあ? 俺は親父みたいな生き方の方が全うに思えるけどな」
とまで言う始末だ。

「だって人間くらいだと思うぜ。他の生物は本能の赴くままに生殖活動に勤しんでいるというに。愛とか貞操とか、そんなくだらない戯言を並べ立てて自制するのはさ」

「くだらないって……」

「だって女なんて、人間なんて、星の数ほどいるんだぜ。誰が一番なんてなにを基準に決めればいい? それに、お互いにいくらだって代わりはいる。
 そんな面倒なことは考えないで、好きな時に好きな相手と。それでいいじゃないか」

「でも……」

「なんだよ。牡丹だって誰のことも好きにならないんだろう?」

「私はそうですが、でも、だって……。
 だって兄さん、苦しそうだから……」

 私には兄さんの言葉がどうも本心とは思えない。兄さんは女の子達と遊ぶことで自分を癒しているつもりなんだろうけど、でも、慰めにすらなってない気がする。

 一瞬、兄さんの瞳が揺らいだ気がしたけど、兄さんは気怠そうに、ゆっくりと上半身を起こし上げる。だけど視線はまた天に向けられる。