「さてと。そんじゃあ一つ、昔話でもするか」

「昔話ですか?」

「ああ、たいしておもしろくはないけどな。なに、適当に聞き流して構わないぞ」

 そう言うと兄さんは小さく息を吐き出し、視線は天に向け、ゆっくりと口角を上げていく。

「俺のお袋は、すごくきれいな人だった。だからクラスメイトには、うらやましがられたっけ。『お前の母ちゃん、美人だな』って。
 でも、あの人の仕事って水商売でさ。周りの大人からは好い顔をされない上に、昼間はパチンコか男の所で、子どもより平気で男を選ぶような人だった。
 お袋は俺が七歳の時、俺の前から姿を消した。店の客……、確か奥さんと子どもが二人いたって言ってたな。そんな男と一緒に蒸発して未だに行方知らずだ」

 兄さんの瞳には、なにが映っているんだろう。兄さんは天を見上げたまま、静かに口を動かし続ける。

 一人になった兄さんは、お母さんが置いていってくれたお金を頼りに、そのまま一人で暮らしていた。だけど近所の人が、兄さんのお母さんが失踪したことに気付いて警察に通報されちゃって。

 兄さんにはお父さん……、私もだけど、もちろんいないし、頼れる親戚もいない。児童養護施設に引き取られそうになった所に天羽さんが現れて、それで天正家の養子になったんだとか。

「なっ、別に面白い話じゃないだろう」

 兄さんが話を締めくくると、私達の間にひんやりとした夜風が流れ込んだ。

 それは私の過度な熱をため込んだ頭を冷やすには丁度良くて。それを体内に取り入れるよう、私は、すうと軽く吸い込んだ。