数十分後――……。

 お風呂に入ってすっかり体も温まり、毛先から滴り落ちる水しずくをタオルで拭き取りながら私はリビングに入る。ドライヤーを片手にソファーに座ろうとすると、そこには先約がいた。すうすうと小さな寝息を立てた菊が、ごろんと横になっていた。

 そうだよね、そりゃあ疲れたよね。だってキーホルダー探すの、ずっと手伝ってくれてたんだもん。それも冷たい水の中を。キーホルダーが見つかったのは菊のおかげだ。

 それから、名前で呼んでくれたよね? 牡丹って――……。

 あの砂糖菓子に似た響きの余韻に浸りながらも、私は菊の肩をつかむと軽く揺さ振る。

「菊、こんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。それに、お風呂空いたから入ってきなよ。ねえ、菊。ねえってば!」

 何度か呼び続けると、菊はやっと目を覚ました。

 だけど。

 むくりと起き上がるなり、
「なに襲おうとしてんだよ、ブス」
 じとりと私のことを見すえて、そう言った。

「なっ……!? そんなんじゃないもんっ!! ただお風呂が空いたから教えてあげただけじゃない!」

「どうだか。誰がお前の言うことなんて信じるかよ」

 なっ、なっ、なによ……。せっかく起こしてあげたのに……!

 前言撤回。菊は、やっぱりいじわるだ。少しだけど見直したばかりだったのに……。

 もう知らない!

 私はぶつけようのない怒りを足に込め、床を強く踏みしめながらリビングから出て行った。