話は数十分前まで遡る。その時のなにも知らなかった私は、普通の一軒家にしては大きな、『天正(てんしょう)』と書かれた表札が掲げられている家の前にスーツケースを持って立っていた。



 今年の春、私が高校に進学しようとしていた頃、お母さんが病気で亡くなった。その日は温かな陽気に包まれた、とても穏やかな日であった。

 私にお父さんはいない。お母さんの話によると、お父さんは大の浮気性で。お父さんはお母さんと私のことを捨てて、行方知らずになったそうだ。

 だから私はお母さんと二人で生きてきた。お父さんの名前も顔も一切知らない。いくら訊いても、お母さんが最期まで教えてくれなかったから。

 だけど、お母さんが亡くなって悲しみに暮れていた、そんな時だ。お父さんの知り合いだという人が突然私の前に現れた。

 そして、その人は言った。

「父親に会いたくはないか──?」
と。



 それで私は今、その人──天羽(あまは)さんから教えられた、お父さんがいるという家の前に立っている。

 私はずっと探してた。お母さんには内緒で、お母さんと私を捨てたお父さんのことを。だけど全く……、手がかり一つ見つけられなかった。

 なのに、お母さんが亡くなってから分かって。それは、とっても悔しいけど、でも、それでもやっと見つけられたんだ。

 お父さんに会ったら、言いたいことが山ほどあった。どうしてお母さんを捨てたの? お母さんのこと、愛してなかったの?

 他にもたくさん。それから、……とりあえず一発殴らせて──!