「えっ、家出?」

 道理で大荷物だと思ったと、美竹はあまり驚いている風でもなく。玄関先でサンダルを放り投げるようにして脱ぐと、ひょいと奥へ進んで行く。

「ごめんね、いきなり押しかけたりして」

「そんな、気にしないで。適当にくつろいでよ。どうせお父さんは会社泊まりで帰って来ないし、お母さんは別居中でほとんど私一人だから」

 好きなだけいていいからと美竹は持っていた袋をあさり、中から二本で一セットのチューブ型のアイスを取り出すと、その片方を私にくれた。

「それで、どうして家出したの? 兄弟の誰かとケンカでもしたの?」

 きっとケンカの方が何百倍もマシだった。

 お世話になるのになにも言わないのはフェアじゃないよね……? そう思うのに口はうまく動かない。

 すると美竹はアイスをかじりながら、
「言いたくないなら無理して言う必要はないけどさ。ただ、吐いちゃった方が楽になれる場合もあるからさ」

「楽に……」

 ぽつりとそのフレーズを口先で繰り返すと、私はゆっくりと口角を上げていった。

「……今日、家に来たんだ」

「来たって、誰が?」

「弟が……」

「弟? 弟って……」

「お母さんの再婚相手の連れ子で、名前は萩って言うの。とは言っても萩とは歳が一緒で、私の方が誕生日が早いから姉になったけど、でも、そんな風に呼ばれたことは一度もなくて。
 萩とは家が近所で、昔からの腐れ縁で。萩のお母さんも萩が小さい頃に亡くなってたから、萩のお父さん――輝元(てるもと)さんっていうんだけど、輝元さんとお母さんは一人身同士、協力して私達を育てて、去年、とうとう再婚して。
 萩とは元々気が合わなくて毎日ケンカばかりだったから、一緒に暮らすようになっても変わらなくて。だけど輝元さんは萩と顔はそっくりだけど性格は似てなかったからか、そういうことはなくて。むしろ私のことも本当の娘みたいに接してくれて、こういう人がお父さんだったら良かったのにって。ずっと、そう思ってた」

 ああ、そうだ。そう思ってたつもりだったんだっけ……。

 刹那、さああっ……と窓から入り込んだ一筋の風がカーテンを優しく揺らし、私達の間を吹き抜ける。