朝食を食べ終えると、ずっと部屋で本を読んでいたけど、不意に、
「みんな、お昼だよー!」
と芒の呼ぶ声がドアの向こうから聞こえてきた。時計を見ると、針は十二時過ぎを指していた。もうこんな時間か。

 私は読みかけの本に栞を挟むと、階段を降りリビングへと向かう。

 食卓に着くとテーブルの上には、そうめんが用意されていた。

 夏といったら、そうめんだよね。

 氷でひんやりと冷やされた麺にゴマだれを漬け、つるりとのど奥に流し入れる。すると熱を帯びた体が内側から冷えていく、気持ち良い。

 みんなも同じようにして麺をすすっていると、ふと芒が、
「藤助お兄ちゃん。僕、午後はお出かけするね」
と言い出した。

「出かけるって、どこに?」

「絵を描きに! 宿題で風景画を描かないといけないから河川敷の方に行って描くの」

「河川敷か……。水辺はなにかと危ないからなあ。できれば俺も一緒に行きたいけど、でも、これからバイトだし……。
 それって今日じゃないとダメなの?」

「今日じゃなくてもいいけど、でも、早く終わらせたいから……」

「うん、そしたら別な日にしよう。やっぱり一人は危ないからさ」

 せっかくやる気だったのに、出鼻をくじかれた芒はしゅんと小さくなる。

 そのやり取りを傍から眺めていた私は一拍の間を空けてから、
「バイトって、藤助兄さんがですか?」
と訊ねる。

「あれ。そっか、牡丹に言ってなかったっけ。『指月院(しげついん)』って家の近所の喫茶店なんだけど、長期休暇の間だけ、いつも働かせてもらってるんだ。
 牡丹にも店の連絡先を教えておくよ」

 そう言うと藤助兄さんは、財布の中からお店の名刺を出してくれた。

「なにかあったら、ここに連絡して……って、夕方には帰って来てるとは思うけどね」

「分かりました。あの、藤助兄さん。それなら私が芒の付き添いをしましょうか?」

「えっ……。いいの?」

「はい。今日は一日、本を読むつもりでしたから。本ならどこでも読めるので、芒を見ていられますし」

 という流れで話もまとまって、昼食を終えて支度を整えると、私は芒の手を取り河川敷へと向かう。