せっかくの家族旅行も部屋の事情のせいで、すっかり一変。なんだか波乱の空気が流れている中、それでも私は宿自慢の温泉に浸かる。

 たとえ幽霊の出る旅館でも、広いお風呂は快適で。特に露天風呂は景観も良くて、とっても気持ち良い……!

 組んだ両手を天に向かって上げ、ぐっと背筋を伸ばしていると仕切りの向こうから、
「ぼたーん、さみしくないかー?」
と梅吉兄さんの声が飛んできた。

「さみしかったら男湯の方に来てもいいんだぞー」

 もう、梅吉兄さんってば……。相変わらずなんだから、恥ずかしいな。私以外、人がいなくて良かったよ。

 一人でお湯に浸かるのはちょっぴりさみしいけど、でも、仕切りの向こうに兄さん達がいると思うと、ね。だからかな、つい長居しちゃった。

 私は急いで体を拭いて濡れた髪を乾かすと風呂場を後にする。すると入り口付近で兄さん達が待ってくれていた。

 だけど、
「なあ、藤助。いい加減、機嫌直せよー」
 ただならないオーラが放たれている背中に、梅吉兄さんは声をかけていた。

 けれど藤助兄さんの表情は、良くなる所か悪化する一方で、
「梅吉のバカ! 牡丹や芒だっているのに、あんな部屋を選ぶなんて」
と、まだ部屋のことで怒っていた。

「だって、あまりの安さについ。それにスリルがあっておもしろいかなーなんて」

「ただの家族旅行にそんなスリル求めないでよ!」

「信じられない!」藤助兄さんはますます顔を真っ赤に染め、一際強く言い放つ。

 藤助兄さんの機嫌、まだ直ってないんだ。梅吉兄さんには困ったものだ。

 その上、兄さんは、
「それより卓球しようぜ、卓球! 旅館といえば卓球だろう」
 だって。本当に反省してるのかな?

 だけど卓球か、楽しそう。お母さんと旅館に泊まった時も卓球をして遊んだっけ。

「この人数だからダブルスにするか。という訳で、牡丹は俺とペアな」
 そう言って梅吉兄さんは私に抱き着いてくるけど、
「おい。なんで勝手に決めてんだよ」
と道松兄さんが私から梅吉兄さんを引きはがしてくれながら言う。