「なななっ、なんでそんな部屋にしたんだよっ!??」

「だってこの部屋、すごく安くてな。どうせなら浮いた金で、おいしい物をいっぱい食べられる方がいいじゃないか。
 藤助だって、こんなに安いのかって、あんなに喜んでた癖によー」

「それは、そういう事情があるなんて全然知らなかったからで。いくら安いからってなあっ……!!」

「ははっ、藤助ってば相変わらず怖がりだなあ。令和というこの時代に幽霊なんて出る訳ないじゃないか」

「でも、でも、でもっ! 出るからそんな噂が立ってるんだろう!? しかも、そのせいで宿泊費も安くなってる訳だし……」

 瞳にたっぷりの涙をため、ぶるぶると握り締めた拳を振るわせる藤助兄さん。そんな兄さんを余所に、けらけらと笑い飛ばしている梅吉兄さんを怪訝な目で見つめながら、
「やはりコイツに任せるんじゃなかったな」
と、げんなりとした顔で道松兄さんが額に手を宛がえた。

 だけど道松兄さんみたいに、今更後悔しても後の祭りで。私は半ば呆れ気味に、
「あの、梅吉兄さん。具体的にはどういう霊なんですか?」
と訊ねた。

「それが、なんでも恋人に裏切られた女の霊とかで。男を恨みながらこの山中で自害したけど成仏できなくて、近くのこの旅館に居着いちゃったらしいんだよ」

 それで夜中になると急に不審な音が鳴り出して、部屋の明かりを点けると、部屋の襖がほんの少しだけ開いていて。荷物がぐちゃぐちゃになっていたり、物の位置が変わっていたりと部屋中荒らされているんだと梅吉兄さんは怪談を語る。

「ほら、ほら、ほら! それっぽい話まであるんじゃないか。出るよ、絶対に出るよ!」

「うーん、確かにそれっぽいけど……。でも、それって幽霊に見せかけた、ただの盗難事件じゃないんですか?」

「それが金品は盗まれていないらしいんだよ。しかも人間が侵入した痕跡も残ってないんだと」

「やっぱり怪しいよ、こんな部屋! 宿の人にお願いして部屋を変えてもらおうよ」

「それは無理だと思うけどな。予約した時、この部屋以外は満室だったし」

「よく見たら……、いや、見なくても。この部屋、至る所にお札が貼ってありますね」

「部屋の四隅に盛り塩も置かれてるぞ」

 私と道松兄さんが部屋の中を見回している傍ら、
「もう嫌だよ、こんな部屋っ! 梅吉のバカ、バカ、バカっ!!」
 藤助兄さんはわんわんと声を上げながら、梅吉兄さんの首元をつかむと、ぶんぶんと激しく上下に振り回す。

 すると梅吉兄さんの懐から、ぼとりとなにかが落っこちた。