兄さんが八歳の頃、お母さんと一緒に歩いていた兄さん達の元に、居眠り運転をしていた車が突っ込んで。その時、兄さんのお母さんは、兄さんのことをかばって……。

 あの時のことは今でもはっきり覚えてる、と兄さんは語る。兄さんはその後、親戚の元に引き取られたけど、その親戚――、おじさんとおばさんは大の子ども嫌いで、兄さんを引き取ったのは世間体を気にしてのことだけで。だから兄さんに対して冷たく……、時には暴力も振るっていたらしい。そのことを知った天羽さんがそんな兄さんの状況を見かねて、兄さんを天正家に引き取ってくれたんだとか。

「あの人のためだったらなんでもできる、あの人のためならなんでもする。天羽さんが留守の間は、俺がこの家を守らないと。もしこの家になにかあったら、俺は、俺は……。
 だから牡丹は気にしなくていいんだよ」

 兄さんはそう言って小さな笑みを浮かべるけど、でも、でも……。

「……呪いみたいに思わないでください」

「え……?」

「だって、天羽さんのためならなんでもできるって、なんでもするって、そんなの、おかしいと思います。それに天羽さんはそんなこと、望んでないと思いますし……」

 私は天羽さんのこと、まだ全然知らないけど。でも、天羽さんは、きっとそんな人じゃないと思う。

 だから。

「それに、大丈夫です。だって藤助兄さんは……、兄さんは、とっても優しいから。だから、たとえ兄さんが一人で家事をしなくても、それだけで十分ですよ」

 私は真っ直ぐに兄さんを見つめ返す。兄さんはきょとんと目を丸くさせていたけど、瞬きを一つすると、
「……ありがとう、牡丹」
 小さな声で、そう言った。

 だけどその余韻をかき消すよう、突然外側から勢い良く扉が開いた。それから、
「あー! 藤助のやつ、牡丹に飯食わせてもらってるぞ!」
 梅吉兄さんが大声を上げながら飛び込んで来た。