月の砂漠でプロポーズ

 林は完全守秘義務を謳い、一時間四千円で彼らの自宅のハウスクリーニングを請け負っていたという。

 奴の『会社』には高畑さんしか雇用されていなかった。
 おまけに、オファーをこなす為に、彼女が働いていたのは実に十六時間にもなるという。
 不当労働で彼女を搾取していたのだ。

 そんなことをちらりと高畑さんに漏らせば、時給につられて納得ずくではあったという。

「千二百円でも?」

 彼女は千三百五十円だと訂正し、ブルーワーカーの時給はそれくらいが普通だと言ってのけた。

 半分以上も林にピンハネされていたことについても『経営者ってそんなものじゃないですか』と特に感慨もない様子だった。

 なぜ、林の会社を選んだかを訊いても
「『ハウスクリーニング・求人』で検索したら出てきたんです。時給も納得できたし、短期でも大丈夫だったので」

 林に魅力を感じなかったのかを訊いても
「仕事が希望に適っているかは確認しますが、雇用主にいちいち魅力があるかなんて考えません。旅費を貯めたいだけなので」

 けんもほろろだった。
 彼女は旅をしたいだけなんだ。
 不意に。
 もしかしたら彼女は、俺の気持ちに共感してくれるのではないかと啓示のように思った。