落ち着こう私。これはデートじゃないんだから。
真面目な話をする場であってあれはきっと気のせい。
 私が軽いパニックになってたのもある。

 お母さんの電話のせいで意識しすぎたんだ。
 彼もさっきからずっと黙っているし。

 ああ、物凄く気まずい。


「……あの」
「俺は倒れた女性になんて事を。もっとすべき事があるのに。
でも信じてほしいんです不埒な考えはもっていなくて」
「そ、それは分かってますから」
「ただ…非常に可愛かったので………気づいたらその」
「守屋さん気づいて。私達さっきから無言で歩き続けてる。
貴方は平気かもしれないけど私の足は限界ですっ」

 立ち仕事である程度鍛えられた自信はあったけど。ヒールの高い靴に
しなくてよかった。それでもパンパンで足先がジンジン痛む。
 私の言葉にやっと気づいてくれたようで慌ててタクシーをとめた。

「場の把握を怠るなんて警官失格だ……」
「考え事をしていると他の事が頭に入ってこないなんて事よく
あるじゃないですか。私仕事でたまにやってしまって注意されます」
「あの、足大丈夫ですか。病院へ行きますか」
「そこまでじゃないから大丈夫ですよ。帰りに足シートでも買います」
「……普段はこんなんじゃないんですよ。本当に」
「信じます」

 目的地は彼が運転手に指示を出していたから建物じゃなくて
一般の家?やっと座れて足を休めてながら5分ほどで到着。
 立派なお家の隣にはこじんまりとした喫茶店。

「叔父さんの店なんです」
「素敵なお店」
「分かってくれるかいお嬢さん」
「叔父さん。久しぶりです」

 お店に入るとコーヒーの香ばしい香り。カウンター席と
テーブル席が2つというシンプルな内装。時間のせいかお客さんは
 居なくて叔父さんがカウンター内に居た。

「おう。来画。久しぶりに顔出したと思ったら彼女連れか」
「彼女は川村実花里さん。何か覚えはない?」
「川村……実花里……ね」

 ニコニコしていた顔が私の名前を聞いてすぐに曇った。
 何か知っている?でも、私はこの人を知らない。

「叔父さん」
「親父は何てったんだ」
「話してない。最近は忙しくて家に帰ってないから」
「親父にまず聞いてみてそれからでもいいだろ」
「俺はもう親に伺いを立てるような歳じゃないって
分かってるだろ?知ってるなら教えて欲しい」
「……、俺には何とも言えん」
「叔父さん。俺は現役なんだ。教えてくれなくても本気で調べる」
「図書館に行って古い新聞を調べてみろ」
「古い新聞?」
「そうだな。ざっと……20年くらい前のな」
「20年前」
「来画。仕事の先輩からのアドバイスだ。悪いことは言わん
きちんと親と話をしろ。相談しろ」
「……」
「お嬢さん。悪いが来画はあんたには合わないよ。諦めな」
「情報ありがとう」

 守屋さんは呆然としている私の手を取り店を出る。
どうして私はあの人を知らないのにあの人は私を知ってるの?
 それもとても悪い印象を持たれていた。

 空白の時間に彼らに何か悪いことをしたんだろうか。
 何も分からない。

「私帰ります。これ以上は調べたくない」
「実花里さん」
「貴方は調べてください。私がどんな悪いことをしたのか
思い出してください。嫌われたり諦めるのは慣れてます」

 ただ直接その事実を自分の目で見るのは嫌。
 嫌うなら嫌うでもう二度と会わないとかにしてほしい。

 結局私は浮かれた夢を見たってすぐに撃ち落とされる。

「まだ悪いことかどうか分からない。不安かもしれないけど、
目をそらさないで一緒に見るんだ」
「でも」
「記憶に無くてもちゃんと君の人生なんだ。君の一部だ」
「……」
「見つけてあげよう。俺も記憶が曖昧で怖い。
でも君が誰か思い出せないでいるよりいい」
「もし不愉快な気持ちになっても私の前では怒らないでくれる?」
「怒らない」

 生まれてはじめてだと思う。前に進めと力強く押されるのは。
無理だと思ったらすぐにこっちへおいでと優しく慰められた。
 無理しなくてもいいよって。でも、彼は違う。

 私は覚悟を決めて守屋さんと共に大きめの図書館へと移動した。
仕事柄調べ物というのに慣れているのか守屋さんはテキパキと行動して
 あっという間に関係がありそうな新聞記事を発見する。

「同じ会場から子ども3人が誘拐された事件?」
「女優の娘って名前は伏せられてるけど。これって君だろ」
「この書道家の息子さんは貴方ですよね」
「もうひとり居るな。一番年上の男の子」

 名前は伏せられて写真も無い新聞記事。
 唯一パーティ会場だったホテルの写真はあった。

「何となく……懐かしい気がする。このパーティ会場」
「俺も少しずつ思い出してる。可愛いリボンのお姫様」
「これでどうして私が嫌われるのか」
「他にもなにか隠れた情報があるのかも。これをプリントして帰る。
他の先輩刑事にも話を聞いてみるよ。後は俺が調べるから。報告する」
「私も調べます。出来る範囲で」
「怖いだろ。でも、進む道を選んだんだ。君は強い人だ」
「どうかな。来画さんが強いからつい引っ張られちゃう」
「……」
「あ。……だめ?」
「いや。嬉しい」
「良かった」