白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 「これはいったい、どういうことだ!!」
 
 リビングに併設する和室のテーブルを掌で
叩きながら、長女不在の顔合わせから帰宅し
た父親は目の前に正座する三人に怒号を浴び
せた。千沙は唇を噛み、膝の上で両手を握り
締めている。自分を真ん中にして右側に侑久、
そして花嫁衣裳を彷彿させる華やかな白地の
振袖に身を包んだ智花が、惚けた顔をして
左側に座っている。

 「あなた、怒鳴らないでやってください。
千沙だってあなたに恥をかかせたくて、逃げ
出した訳じゃないんですよ。止むに止まれぬ
事情があるから、戻って来なかったんです。
まずは落ち着いて話を聞きましょう。熱い
お茶でも飲みながら、ね?」

 そう言って漆塗りの茶托に湯呑を載せると、
「粗茶だけど」と、にこやかに笑いながら、
母親は侑久に茶を勧めた。「いただきます」と
会釈する侑久をちらりと横目で見て、父親は
苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ついさっき、帰宅した母親から聞かされた
『茶番劇』を想像すれば、父がこれでも十分
に堪えているのだと、わかる。

 千沙は、澄ました顔で隣に座っている智花
を盗み見ると、先ほど自室で聞かされた母の
話を思い起こした。








 「千沙はどこへ行った、どうして戻って
来ないんだ?」

  定刻通りに到着した御堂家の三人を前に、
父親は当惑しきった顔で母に訊いた。母は、
「さあ」と首を捻る。「化粧室に行く」と出て
行ったきり一時間以上も千沙が戻らないと知
り、御堂も表情を硬くして何かを考えている。

 「化粧室にいなかったし、でも下駄箱には
千沙の草履があるし。この料亭にいることは
確かなんですけど……。もしかしたら広すぎ
て迷子になっているのかも知れないわ」

 困り果てた顔で母親がそう言うと、ずっと
押し黙っていた御堂が席を立った。

 「僕が探しに行って来ます。もしかしたら、
慣れない着物を着て体調を崩してしまったの
かも知れません」

 「そうね、きっとそうよ。帯が苦しくて
どこかで休んでいるんだわ」

 立ち上がった息子を見上げながら隣に座る
母親が頷く。御堂を真ん中に挟んで座ってい
る父親も、「早く迎えに行ってあげなさい」
と神妙な面持ちで言い添えた。


――その時だった。


 不意にすらりと格子戸が開いて、一同の
視線が入り口に釘付けとなった。
 そしてそこに立つ人物を見、御堂の両親
以外の全員が驚愕に目を見開く。


――無理もなかった。


 そこに立っていたのは、母親の地味めな
訪問着に身を包んだ長女ではなく、菊や桜、
リボンのモチーフが描かれた華やかな振袖を
身に纏った、次女の智花だったのだから。

 一瞬、その場が奇妙な静寂に包まれた。