「ちぃ姉、乗って」
映画と同じように停車していた路線バス
に乗り込むと、手を繋いだままで二人は最
奥の席へと進む。休日の車内は客が疎らだ
ったが、それでも幾人かの乗客が草履を手
に足袋で車内を歩く千沙を見、怪訝な顔を
向けていた。
プシュ、と音をさせてドアが閉まる。
ゆっくりと窓の外の風景が流れ始めたの
を認めると、二人はどちらともなく安堵の
笑みを零した。
「間に合って良かった。このバスを逃し
たら、次は20分待たなきゃならなかった
から」
息を吐きながらそう言った侑久に、千沙
は突然くすくすと笑い出す。
「どうしたの?ちぃ姉」
「……いや」
不思議そうに顔を覗き込む侑久に首を
振ると、千沙は面映ゆい表情をして言った。
「何だか映画のワンシーンみたいだと思
って」
その言葉に侑久は「ああ」と、納得した
ように頷く。
「ダスティンホフマン主演の『卒業』だ
っけ。珠玉の名作だけど、あの映画のラス
トは単なるハッピーエンドでは終われない
二人の未来まで描かれてるよね」
映画の内容を知っているらしい侑久が
そう言って、複雑な笑みを浮かべる。
千沙はふと、その表情に不安が過ぎり、
侑久の目を覗き見た。
「もしかして……後悔してる?」
現実に、自分たちの未来も難題が山積し
ていることを思えば、侑久が後悔していた
としても責めることは出来ない。物語なら
バスで走り去るところで終われるが、自分
たちはこれから修羅場を乗り越えなければ
ならないのだ。まだ十代の侑久からすれば、
荷が重いことだろう。
「まさか」
じっと侑久を見つめる千沙に、即答する。
向けられる眼差しは、さっき、自分を攫い
に来たと告げた時と同じものだ。
「1ミリも後悔してないよ。むしろ、
楽しみで仕方ない。いままで俺を諦めるこ
としか考えてなかったちぃ姉の気持ちを、
やっと変えられたんだから。守りたいと思う
人が側にいてくれれば、俺は何も怖くない。
波風が立つのは避けられないだろうけど、
親の一人や二人説得できなきゃ自分の人生
なんて生きられないから。みんな、大なり
小なり、こういう問題を乗り越えながら前
に進んでるんだと思う。智花だって頑張っ
てくれてるんだし、ちぃ姉の気持ちさえ
決まっていれば、きっと上手くいくよ」
握る手に力を込めて侑久が笑みを深める。
決して二人の未来を悲観しない鷹揚とし
た様に、千沙は恋人の度量を知り、改めて
彼を選んだ自分を誇りに思う。
「……そうだな。侑久の言う通りだ」
そう言うと、侑久は満足そうに頷いて
視線を前へと向けた。千沙もその視線を
追うようにして、まっすぐ前を向く。
クリスマス色に染まる街並みは、冬の
やわらかな陽光を浴び、きらきらと輝い
ている。
「きっと上手くいくよ」
侑久の言葉を心の内で反芻すれば、
不思議と未来まで輝いて見えた。
千沙は手を繋いだまま離そうとしない
侑久にそっと頭を寄せると、砂に汚れた
足袋を見やり微笑みを浮かべた。
映画と同じように停車していた路線バス
に乗り込むと、手を繋いだままで二人は最
奥の席へと進む。休日の車内は客が疎らだ
ったが、それでも幾人かの乗客が草履を手
に足袋で車内を歩く千沙を見、怪訝な顔を
向けていた。
プシュ、と音をさせてドアが閉まる。
ゆっくりと窓の外の風景が流れ始めたの
を認めると、二人はどちらともなく安堵の
笑みを零した。
「間に合って良かった。このバスを逃し
たら、次は20分待たなきゃならなかった
から」
息を吐きながらそう言った侑久に、千沙
は突然くすくすと笑い出す。
「どうしたの?ちぃ姉」
「……いや」
不思議そうに顔を覗き込む侑久に首を
振ると、千沙は面映ゆい表情をして言った。
「何だか映画のワンシーンみたいだと思
って」
その言葉に侑久は「ああ」と、納得した
ように頷く。
「ダスティンホフマン主演の『卒業』だ
っけ。珠玉の名作だけど、あの映画のラス
トは単なるハッピーエンドでは終われない
二人の未来まで描かれてるよね」
映画の内容を知っているらしい侑久が
そう言って、複雑な笑みを浮かべる。
千沙はふと、その表情に不安が過ぎり、
侑久の目を覗き見た。
「もしかして……後悔してる?」
現実に、自分たちの未来も難題が山積し
ていることを思えば、侑久が後悔していた
としても責めることは出来ない。物語なら
バスで走り去るところで終われるが、自分
たちはこれから修羅場を乗り越えなければ
ならないのだ。まだ十代の侑久からすれば、
荷が重いことだろう。
「まさか」
じっと侑久を見つめる千沙に、即答する。
向けられる眼差しは、さっき、自分を攫い
に来たと告げた時と同じものだ。
「1ミリも後悔してないよ。むしろ、
楽しみで仕方ない。いままで俺を諦めるこ
としか考えてなかったちぃ姉の気持ちを、
やっと変えられたんだから。守りたいと思う
人が側にいてくれれば、俺は何も怖くない。
波風が立つのは避けられないだろうけど、
親の一人や二人説得できなきゃ自分の人生
なんて生きられないから。みんな、大なり
小なり、こういう問題を乗り越えながら前
に進んでるんだと思う。智花だって頑張っ
てくれてるんだし、ちぃ姉の気持ちさえ
決まっていれば、きっと上手くいくよ」
握る手に力を込めて侑久が笑みを深める。
決して二人の未来を悲観しない鷹揚とし
た様に、千沙は恋人の度量を知り、改めて
彼を選んだ自分を誇りに思う。
「……そうだな。侑久の言う通りだ」
そう言うと、侑久は満足そうに頷いて
視線を前へと向けた。千沙もその視線を
追うようにして、まっすぐ前を向く。
クリスマス色に染まる街並みは、冬の
やわらかな陽光を浴び、きらきらと輝い
ている。
「きっと上手くいくよ」
侑久の言葉を心の内で反芻すれば、
不思議と未来まで輝いて見えた。
千沙は手を繋いだまま離そうとしない
侑久にそっと頭を寄せると、砂に汚れた
足袋を見やり微笑みを浮かべた。



