白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 侑久は手を差し伸べ、微笑んでいる。
 その姿は、さながら、敵の城からお姫
様を助け出す王子様だ。

 「俺と智花は一味同心の間柄だからさ。
この計画を思い立ったのも智花なんだ。
ちぃ姉を不幸にはさせない、このまま指を
咥えて見ている訳にはいかないって、俺に
計画を持ち掛けてきた」

 「……智花が、そんなことを?」

 千沙は俄かには信じられない思いで侑久
を見つめる。「恋愛と結婚は別だ」と言い
張った自分に「石頭」と不平を呟いた、妹。
 その様子から自分の幸せを案じてくれて
いることなど、悟れなかった。
 けれど、いつだって不器用な生き方しか
出来ない自分に、真っ向から意見を述べて
くれるのは智花しかいなかったのではない
か?父親の期待を一身に背負い、自分一人
が我慢すれば済むことだと諦めていた姉の
ために、智花はこんな強行策を思い立って
くれたのだ。

 「急ごう、もうすぐ仲居が来る。智花が
履いてきた草履がここにあるから」

 少々わかりづらい妹の愛情に、また涙が
滲んでしまった千沙を、侑久が促す。
 「うん」と頷いて下を見れば、白地に金
箔があしらわれた五分三枚草履が沓脱石に
置かれている。千沙は侑久の手を握ると、
それに足を通した。

 すでに心は決まっていた。
 いまは侑久と共に逃げる。
 望まない結末を変えるには、智花の提案
通り強行突破しかない。
 
 千沙は侑久に手を引かれるまま庭へ下り
立つと、木々と大きな灯篭の間を抜けた。
 するとすぐに白壁が見え、その一角に
裏口らしき扉が現れる。その扉を開け外に
出ると、そこは砂利が敷かれた駐車場だった。

 「ここを抜けて大通りに出ればバス停が
ある。あと5分でバスが来るから、それに
乗ろう」

 そう言って歩き出した侑久の背を、千沙
は「待って!」と呼び止める。そして振り
返った侑久の手を離すと千沙は腰を屈め、
着物の裾を手に取った。腰まで捲り上げ、
両方の裾を帯に押し込む。白い長襦袢が
露わになってしまうが、これなら大股で
歩くことも、走ることも可能だろう。

 「ちぃ姉?」

 大胆とも言える千沙の行動に目を瞠って
いる侑久を他所に、千沙はいま履いたばか
りの草履も脱いでしまう。天・底裏・踵を
含め、6センチほどの高さがある草履では
早く歩けないし、鼻緒が痛かった。

 「行こう。侑久」

 千沙は脱いだ草履を手に持つと、侑久の
手を握った。その千沙に目を細め、侑久が
力強く頷く。砂利を踏みしめながら二人で
小走りに駐車場を抜ければ、道行く人々が
好奇な眼差しを向けてくる。けれど、その
視線に臆することなく、千沙は大通りに面
した歩道を駆けてゆく。

 しっかりと千沙の手を握り、隣を走る
侑久の横顔を見れば、やはり年下とは思え
ないほど精悍で、いつか観た映画のワン
シーンが重なって見えた。デジタル修正版
で観たそのアメリカ映画は、想い人の結婚
式に乗り込んだ男性が土壇場で花嫁を連れ
去るという物語で、ラストは停車していた
路線バスに二人が飛び乗って逃げるという
ものだった。