「ご予約の高山様ですね」
玄関先に立つと、仲居が出てきて広い
日本家屋の中を案内してくれた。
が、せっかちな父に煽られ、予定より
一時間も早く家を出てしまったせいで、
御堂家が来るまでまだ随分と時間がある。
「お部屋にお飲み物をご用意致します
ので、しばらくお待ちください」
いそいそと畳が敷き詰められた廊下を
歩きながら、仲居がそう口にする。
「だから早過ぎると言ったのに……」
嫌味と共に、つん、と母に腕を突かれた
父は、惚けたように首を捻っていた。
千沙は二人の後ろをのろのろと歩きなが
ら、至るところに贅が尽くされた敷地内を
見回した。広い日本庭園をぐるりと囲むよ
うに建てられたこの料亭は、映画やドラマ
の撮影に使われることも多いらしい。
手入れの施された見事な庭園を見やれば
数百匹もの錦鯉が優雅に泳ぐ大池があり、
その大池を彩るように赤い太鼓橋が掛けら
れている。そして緑豊かな庭園の一角には、
さらさらと流れる滝。この景趣を眺めてい
ると、ここが都会の真ん中であることを
忘れてしまいそうだった。
千沙は静謐感のある廊下を歩きながら、
ふと、太鼓橋を渡る男女の背に目を留めた。
上品な白地の振袖に身を包んだ女性と、
仕立ての良さそうな深緑のスーツを着た
男性が肩を並べ歩いている。その男性の
背格好が侑久に似ているような気がして、
千沙はしばらくその背中から目が離せな
かった。やがて二人の姿が太鼓橋の向こ
うに消え、ほぅ、と息をつく。
もう、諦めがついたと思っていても、
こうして侑久の面影を随所に探してしま
う自分が哀れに思えてしまう。
千沙は未練を振り払うように庭園から
目を背けると、廊下をゆく足を速めた。
仲居に案内された部屋はゆったりと和
を満喫できる畳張りの個室で、中央には
どっしりとしたテーブル席が設けられて
いた。壁一面は窓となっており、天井も
高く開放感溢れる空間となっている。
「少々お待ちくださいませ」
恭しく頭を下げ、仲居がその場を後に
すると、窓際に立った父は「いいところ
じゃないか」と満足そうに二度頷いた。
千沙は席につくでもなく、窓際に立つ
両親に声を掛ける。約束の時間まで、
まだ随分ある。この場でじっとしていれ
ば、また感傷に浸ってしまいそうだった。
「ちょっと化粧室へ行ってきます」
そう言い置くと、千沙はひとり個室を
出ていった。
――しまった。
ぐるぐると、雅な日本庭園を中心に眺め
ながら廊下を歩き回った千沙は、部屋の名
を見てこなかったことを甚く後悔した。
化粧室はすぐにわかったのだが、気晴ら
しに館内を散策してみようと気ままに歩い
てしまった結果、いま、自分がどこにいる
のかさえわからない。
玄関先に立つと、仲居が出てきて広い
日本家屋の中を案内してくれた。
が、せっかちな父に煽られ、予定より
一時間も早く家を出てしまったせいで、
御堂家が来るまでまだ随分と時間がある。
「お部屋にお飲み物をご用意致します
ので、しばらくお待ちください」
いそいそと畳が敷き詰められた廊下を
歩きながら、仲居がそう口にする。
「だから早過ぎると言ったのに……」
嫌味と共に、つん、と母に腕を突かれた
父は、惚けたように首を捻っていた。
千沙は二人の後ろをのろのろと歩きなが
ら、至るところに贅が尽くされた敷地内を
見回した。広い日本庭園をぐるりと囲むよ
うに建てられたこの料亭は、映画やドラマ
の撮影に使われることも多いらしい。
手入れの施された見事な庭園を見やれば
数百匹もの錦鯉が優雅に泳ぐ大池があり、
その大池を彩るように赤い太鼓橋が掛けら
れている。そして緑豊かな庭園の一角には、
さらさらと流れる滝。この景趣を眺めてい
ると、ここが都会の真ん中であることを
忘れてしまいそうだった。
千沙は静謐感のある廊下を歩きながら、
ふと、太鼓橋を渡る男女の背に目を留めた。
上品な白地の振袖に身を包んだ女性と、
仕立ての良さそうな深緑のスーツを着た
男性が肩を並べ歩いている。その男性の
背格好が侑久に似ているような気がして、
千沙はしばらくその背中から目が離せな
かった。やがて二人の姿が太鼓橋の向こ
うに消え、ほぅ、と息をつく。
もう、諦めがついたと思っていても、
こうして侑久の面影を随所に探してしま
う自分が哀れに思えてしまう。
千沙は未練を振り払うように庭園から
目を背けると、廊下をゆく足を速めた。
仲居に案内された部屋はゆったりと和
を満喫できる畳張りの個室で、中央には
どっしりとしたテーブル席が設けられて
いた。壁一面は窓となっており、天井も
高く開放感溢れる空間となっている。
「少々お待ちくださいませ」
恭しく頭を下げ、仲居がその場を後に
すると、窓際に立った父は「いいところ
じゃないか」と満足そうに二度頷いた。
千沙は席につくでもなく、窓際に立つ
両親に声を掛ける。約束の時間まで、
まだ随分ある。この場でじっとしていれ
ば、また感傷に浸ってしまいそうだった。
「ちょっと化粧室へ行ってきます」
そう言い置くと、千沙はひとり個室を
出ていった。
――しまった。
ぐるぐると、雅な日本庭園を中心に眺め
ながら廊下を歩き回った千沙は、部屋の名
を見てこなかったことを甚く後悔した。
化粧室はすぐにわかったのだが、気晴ら
しに館内を散策してみようと気ままに歩い
てしまった結果、いま、自分がどこにいる
のかさえわからない。



