白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 「そうかな。私には哀愁を漂わせた演歌
歌手のように見えるけど……」

 自分のそのひと言が存外に的を射ていて、
思わずくすりと笑ってしまう。
 今ここで悲しい別れの曲を歌えと言われ
れば、きっとマイクを握りしめて熱唱して
しまうだろう。そんなことを思いながら目
を伏せた千沙の頬に、背後から母の掌があ
てられる。じんわりと温もりが両頬に染み
て、千沙は鏡の中の母を見た。

 「……本当にいいの?千沙」

 その言葉の意味がわからずに、千沙は
小首を傾げる。すると母は苦し気に目を
細め、ゆっくりと言った。

 「本当に、このまま結婚してしまって
いいの?そんなに目を腫らしてしまうほ
ど苦しんでいるのなら、無理にこの縁談
を進めることはないのよ。あなたはお父
さんの期待に過剰に応えようとするとこ
ろがあるから、とても心配しているの。
私が男の子を産んでいれば……お父さん
があなたを長男のように育てることもな
かったのだろうけど。あなたはしっかり
し過ぎているから、お父さんもつい頼り
にしてしまうのよ。でもね、親の望み通
りに生きてる子供なんてそうそういない
のだから、もっと自由に生きていいのよ」

 智花のようにね、と付け加え、母が
笑みを浮かべる。心の内を見透かすよう
な深い眼差しに、包み込むような母の
愛情に心が揺さぶられて、千沙は困って
しまう。小さく息をつき、滲んでしまい
そうになる涙を堪える。そして、ぎこち
ない笑みを浮かべると、千沙は「ありが
とう。でも大丈夫」と首を横に振った。

 「確かに、お父さんは私を娘と思って
いないようなところがあるけど、親に
頼りにされるのは嬉しいことだと思って
るから。それに、曾祖父が遺してくれた
あの学園を守っていけることも誇りに
思ってる。生徒としても、教員としても
あの場所で過ごした時間が長いから大切
な思い出がたくさん詰まってるし」

 そう口にすると、知らず頬がほころぶ。
 大正時代に建てられた白壁の旧校舎は、
レトロな雰囲気で存在感があってとても
素敵だし、秋になれば旧校舎と本校舎に
挟まれた歩道は、黄金色に輝くトンネル
となる。銀杏の葉を踏みしめながら駆け
てゆく侑久の背中を見つめたのは、いつ
だったか……。その隣に自分が並ぶこと
はなかったけれど、思い出の中に侑久を
見られるだけでも幸せだった。

 ふと、自分を見つめる母に気付き、
千沙は愛おしい記憶の中から抜け出す。
 そして母親を安心させるように頷くと、
言葉を続けた。

「あの人……御堂先生は不器用で、ちょ
っと分かり辛いところがあるけど、冷静で
機微に聡い人だからきっと時代の変化を捉
えながら学園を盛り立ててくれると思う。
教師として尊敬できるところもあるし、
お父さんがあの人を選んだのも納得してる。
だから、何も心配しないで」