どうしてここまで、想ってくれるのか?
千沙には愛される理由が、わからない。
けれど、自分の気持ちだけはわかった。
どうしようもないほど、侑久が好きだ。
たぶん世界で一番、愛している。
だから、見たいと思うのだ。
大好きな侑久が、夢を叶えた姿を。
夢を叶え、自分のもとを去ってゆく
眩しい背中を。
――どうしても、見たかった。
千沙は頬を緩めると、そっと侑久の腕
を剥した。侑久の顔から笑みが消える。
「お前の夢を邪魔する者は、たとえ自分
であろうと、許さない。だから私は……、
侑久の気持ちには応えない」
『応えられない』のではなく、敢えて
『応えない』と、告げる。
自分の意思でこの恋をあきらめるのだ
と、侑久に伝えた。
「……わかった」
ため息と共に、吐き出すようにそう
言った侑久が、「でも」と言葉を繋ぐ。
千沙は何を言われても受け止めるつもり
で、侑久を見上げた。
「俺が好きか、嫌いか、それだけは聞か
せて。まだ一度も、ちぃ姉の口から気持ち
を聞いてない」
侑久の顔が涙で滲む。
『そんなの、好きに決まってる!!』
そう叫べない代わりに、涙が溢れ出す。
口にしてしまえば、侑久は大切な夢を
捨ててしまう。だから、たとえ苦しさに
胸が潰れてしまっても言えなかった。
涙を散らしながら首を振ると、千沙は
くるりと背中を向けた。
「もう、行きなさい。御堂先生が……
来るといけないから」
涙に濡れた声でそう言うと、侑久は声
を発することもなく、嘆息を漏らした。
そうして撫でるように一度千沙の肩に
触れると、侑久はその場を去っていった。
――これで本当に終わってしまった。
千沙はカチリとドアの閉まる音を確認
すると、両手で顔を覆い、嗚咽を漏らし
始めた。涙が伝い落ちる唇には、ほんのり
と侑久の温もりが残っていた。
「綺麗よ。とても」
三面鏡の中心に映り込む着物姿の千沙を
見つめながら、母親は淡く笑んだ。
――両家の顔合わせ当日。
千沙のお宮参りの際に母が着たという訪
問着は、菊の地紙に唐花が描かれたモダン
な雰囲気のものだったが、どちらかと言う
と地味な顔立ちをした千沙に良く似合って
いる。肩甲骨辺りまである黒髪はふんわり
とした丸みのあるシニヨンヘアにアレンジ
され、ストンとした着物のフォルムに小気
味よい変化を与えていた。
けれど、綺麗だと褒められても千沙は
素直に頷けなかった。鏡の中の自分を見れ
ば、泣きはらした目はまだ充血しているし、
心なしか隈まで浮いて見える。
ピンクのライナーと深みのあるパープル
で目元に血色感をもたせてくれているが、
透明感のあるメイクでは返って千沙の暗い
心の内が見えてしまうようだった。
千沙には愛される理由が、わからない。
けれど、自分の気持ちだけはわかった。
どうしようもないほど、侑久が好きだ。
たぶん世界で一番、愛している。
だから、見たいと思うのだ。
大好きな侑久が、夢を叶えた姿を。
夢を叶え、自分のもとを去ってゆく
眩しい背中を。
――どうしても、見たかった。
千沙は頬を緩めると、そっと侑久の腕
を剥した。侑久の顔から笑みが消える。
「お前の夢を邪魔する者は、たとえ自分
であろうと、許さない。だから私は……、
侑久の気持ちには応えない」
『応えられない』のではなく、敢えて
『応えない』と、告げる。
自分の意思でこの恋をあきらめるのだ
と、侑久に伝えた。
「……わかった」
ため息と共に、吐き出すようにそう
言った侑久が、「でも」と言葉を繋ぐ。
千沙は何を言われても受け止めるつもり
で、侑久を見上げた。
「俺が好きか、嫌いか、それだけは聞か
せて。まだ一度も、ちぃ姉の口から気持ち
を聞いてない」
侑久の顔が涙で滲む。
『そんなの、好きに決まってる!!』
そう叫べない代わりに、涙が溢れ出す。
口にしてしまえば、侑久は大切な夢を
捨ててしまう。だから、たとえ苦しさに
胸が潰れてしまっても言えなかった。
涙を散らしながら首を振ると、千沙は
くるりと背中を向けた。
「もう、行きなさい。御堂先生が……
来るといけないから」
涙に濡れた声でそう言うと、侑久は声
を発することもなく、嘆息を漏らした。
そうして撫でるように一度千沙の肩に
触れると、侑久はその場を去っていった。
――これで本当に終わってしまった。
千沙はカチリとドアの閉まる音を確認
すると、両手で顔を覆い、嗚咽を漏らし
始めた。涙が伝い落ちる唇には、ほんのり
と侑久の温もりが残っていた。
「綺麗よ。とても」
三面鏡の中心に映り込む着物姿の千沙を
見つめながら、母親は淡く笑んだ。
――両家の顔合わせ当日。
千沙のお宮参りの際に母が着たという訪
問着は、菊の地紙に唐花が描かれたモダン
な雰囲気のものだったが、どちらかと言う
と地味な顔立ちをした千沙に良く似合って
いる。肩甲骨辺りまである黒髪はふんわり
とした丸みのあるシニヨンヘアにアレンジ
され、ストンとした着物のフォルムに小気
味よい変化を与えていた。
けれど、綺麗だと褒められても千沙は
素直に頷けなかった。鏡の中の自分を見れ
ば、泣きはらした目はまだ充血しているし、
心なしか隈まで浮いて見える。
ピンクのライナーと深みのあるパープル
で目元に血色感をもたせてくれているが、
透明感のあるメイクでは返って千沙の暗い
心の内が見えてしまうようだった。



