白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 やさしく何度も重ねられる唇から伝わる
想いが、情熱が、理性という言葉の意味さ
えも忘れさせてしまう。
 今触れている唇が生徒のものであること
も、彼が7つも下の幼馴染みであることも、
翌日には両家の顔合わせが控えていること
さえも、何もかもどうでもよくなるほどに、
侑久が愛しかった。

 千沙はその想いのまま侑久の背を抱くと、
彼の唇を一心に受け止めた。

 やがて、ちゅ、と淫靡な音をさせて唇が
離れてゆく。濡れた唇に息がかかり、
惜しむようにまた、軽く重ねられた。
 そして、強く強く、抱き締められる。
 千沙は熱があるのでは?と錯覚するほど
上気した頬を彼の肩に押し付けた。押し付
けた頬は、涙でしとどに濡れていた。
 
 「……っ、どうして?キスなんて」
 
 拗ねたようにそう訊けば、ふ、と頭の上
で侑久が頬を緩めたのがわかる。
 
 「俺のファーストキスが、クリスマス
プレゼント。ちぃ姉のために、ずっと大事
に取っておいたから」
 
 その言葉に、信じられない思いで千沙は
目を見開く。

 これが侑久のファーストキス???
 じゃあ、昨日智花がしたというのは?
 その疑問を口にすれば、侑久は「は?」
と間の抜けた声を上げ、千沙の顔を覗いた。
 
 「俺、智花とキスなんかしてないけど?」
 
 「でも、智花がしたって。一度だけだぞ、
って言いながらしてくれた、って。だから」
 
 納得できないままそう言って侑久の顔
を覗き返した千沙に、侑久は「あー」と、
苦笑いした。
 
 「智花も色々と複雑な心境があって
嘘ついたんだと思うよ、たぶん」
 
 「複雑な心境って、いったい何だ!?」
 
 「それは、俺の口から言うべきじゃ
ないかな。それより俺さ、ちぃ姉に伝え
たいことがある」
 
 真剣な顔をしてそう言う侑久に、千沙は
声もなく頷く。二人きりの空間に、艶やか
な空気が流れる。
 
 「本当は卒業するまで待つつもりだった。
ちぃ姉の性格は誰よりもわかってるつもり
だから……俺がこの学園の生徒でいるうち
は、絶対に首を縦に振らないだろうって、
そう思ってた。でも、昨日、後悔したんだ。
あの人の腕の中にいるちぃ姉見て、自分に
イラいた。本当に大切なら、頭で理性的に
考えるんじゃなくて、心で決めるべきだっ
たんだ。そう気付いたら、一日も待てなか
った。俺が生徒だろうが、ちぃ姉に恋人が
いようが、もう関係ない。大事なのは俺と
ちぃ姉の気持ちだから」
 
 まるで、夢の中にいるような心地で千沙
は侑久の言葉に耳を傾ける。ずっと長いこ
と密かに想いを寄せていたその人が、今、
自分に想いを伝えようとしている。もし、
これが夢だというなら永遠に覚めないで
欲しい。そう思って、また流れてしまう
涙を侑久が頬を包むように掌で拭った。