白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 「うちの親も見合い結婚で、母さんは
恋をした記憶がないと言ってた。それで
も夫婦仲は良好だし、私も智花も円満な
家庭で育ったじゃないか。恋愛と結婚は、
別なんだ。私には婿を取ってあの学園を
継ぐ義務がある。智花が心配しなくても、
あの人とは上手くやっていくつもりだか
ら大丈夫だ」

 きっぱりと、宣言するようにそう言う
と智花は白けた顔をして、あからさまな
ため息をつく。本来は智花の方がよほど
口達者なのだが、殊更、このことに関し
てはどうにも引けなかった。

 例えば、ここで自分がこの結婚を拒め
ば、それはそのまま次女である智花に
影響してしまう。妹にだって、少女らし
い夢があるだろう。望んだ仕事に就き、
好きな人と結婚して幸せになりたいと
いう夢があるに違いない。けれど自分は
智花が生まれる前から、高山家の長女と
して厳しく育てられてきた。お前があの
学園を守ってゆくのだ、と父に言われて
きたのだ。だから、今さら自分に課せ
られた使命を放り出すことは出来ない。

 父や先祖が守ってきたあの学園を、
他人に任せることも出来なかった。

 「……ちぃ姉の、石頭」

 ぼそりと、智花が呟いたが千沙は聞
こえないフリをする。すると、もう何
を言っても仕方ないと諦めたのか、
智花は立ち上がり、部屋のドアへ向か
った。そして、ガチャとドアを開け振
り返る。妹の背を見送るつもりだった
千沙は、謎めいた笑みを自分に向ける
智花を見、眉を寄せた。

 「まだ何かあるのか?」

 「うん。実はね、たっくんには言っ
ちゃダメって言われてたんだけど……
智花、キスしちゃった。たっくんと」


――瞬間。


 ドスッ、と、太い矢で貫かれたよう
な痛みが胸に走った。その痛みのままに
頬を歪めれば、「うふ♡」と智花が笑み
を深める。
 
 「……付き合ってるのか?侑久と」

 動揺を隠せないまま、震える声でそう
訊けば、智花は人差し指を唇にあて、
愛らしく小首を傾げて見せた。

 「ううん。別に付き合ってないよ」

 「じゃあ何でっ!?」

 「だって、ちぃ姉たちのキス見たら、
したくなっちゃったんだもん。だから、
たっくんにお願いしたら、『しょうがな
いな、一度だけだぞ』って。たっくん、
初めてだったみたい。あんなにモテる
のにファーストキスもまだなんて……
不思議よねぇ」

 ぐらりと、視界が揺れる。
 部屋の床が風船のように頼りなく、
歪んだようだった。

 『一度だけだそ』

 なんて、侑久が口にするだろうか?
 幼馴染みに強請られて、仕方なく?
 侑久はそういうタイプじゃない気が
する。たとえ、多くの女子に言い寄ら
れても、相手の心を弄ぶようなことは
一度だってなかった。けれど、相手が
智花なら、いいと思ったのだろうか?