1週間で限界だと思われたが、もう1週間我慢し、
更に2週間……
ロゼールは、何とか1か月間、花嫁修業、行儀見習いを勤め上げた。

朝起きると、何とか今日まで、そして明日までと……
くじけそうになる自分に言い聞かせながら、気持ちを紡ぎ、
日々、与えられた課題をクリアすべく必死に励んでいたのである。

こんなロゼールの心の支えが、教育係となった、
騎士隊のOG。
元・子爵夫人ジスレーヌ・オーブリーである。

ジスレーヌは、日々ロゼールを励まし、いろいろな事を教えて行った。
ロゼールが嘆いた『世間一般の常識』だけでなく、
非常識な『裏の事情』もいろいろ教えてくれたのだ。

ちなみに『裏の事情』には、ロゼールが個人的にとても面白い事項もあった。

全てが勉強と割り切ったロゼールはいろいろな事象を学び、実践した。

一旦、本気になって取り組むと、ロゼールの集中力は半端ない。
真摯に、全力で取り組んだ。

こうして……
20歳にしては少し子供っぽかった性格のロゼールが、
どんどん『分別ある大人の女子』へと成長して行った……

そして、意外にも……
『スパルタ教育の鬼』と呼ばれ、小言や嫌味ばかり言っていた修道院長が……

言葉は相変わらずひどく厳しくとも……
時たま、うんちくある言葉で真剣に励ましてくれた事も、
くじけそうなロゼールの、心の支えのひとつとなった。

巷で『スパルタの鬼』と呼ばれるこの修道院長は、
もしかして『厳しすぎて誤解されやすいタイプ』だとも、
ロゼールは思ったのである。

そんなこんなで、ようやく、何とか……
ロゼールは、ラパン修道院の生活にも慣れて来た。

そんなある日『大事件』が起こったのだ。

但し、大事件といっても、ロゼール自身に起こった事件ではない。

ラパン修道院へ、ロゼールと同じ、
新たな花嫁修業、行儀見習い者がやって来る事となったのだ。

新たな花嫁修業、行儀見習い者がやって来る。

……それだけなら大事件になどならない。

だが、この度やって来るのは、王国の有名人たる超が付くカリスマ、
『上級貴族の令嬢』であった。

そう!
……やって来た新たな花嫁修業、行儀見習い者とは、
ロゼールよりはるかに高い身分の貴族令嬢、ベアトリス・ドラーゼ17歳。
古くから代々王家に仕え、王族に準ずる高貴な上級貴族家……
副宰相を務めるフレデリク・ドラーゼ公爵の愛娘である。

そう、皆さんは憶えていらっしゃるだろうか……
この17歳のベアトリス・ドラーゼこそ……
女傑と(うた)われたロゼールが、自分より遥かに強い『比較対象』として、
両親へ話していた女子なのである。

ベアトリス・ドラーゼは、名家の才媛として、
レサン王国では有名な貴族令嬢であった。

だが、父のドラーゼ公爵と、郊外へ狩猟に赴いた際、
襲撃して来た『巨大な魔物オーガ』数体を、あっさり撃退した事で、
恐るべき『オーガスレイヤー令嬢』だと、とびぬけて有名となった。

何と!
護衛の騎士を差し置いて単身戦い、数体をそれぞれ、
『グーパン一発』であっさり倒したらしいのだ。

そんなベアトリスを……
ロゼールは、素直に「凄い人だ!」と感服した。

いくら武芸に秀でたロゼールであっても、さすがに巨大な魔物オーガを、
『グーパン一発』では倒せないからだ。

但し、ロゼールは、ベアトリスに直接会った事はない。
名前とプロフィールしか知らない。

レサン王国の貴族には、『寄り親』と『寄り子』という『主従関係』がある。
この『主従関係』は、分かりやすく言えば、貴族社会の『派閥』である。

『寄り親』とは『派閥のボス』であり、『寄り子』は配下。
ちなみに寄り親は、上級貴族でも上位の限られた者がなる。

前置きが長くなったが、この派閥のボス、寄り親という接点も、
ブランシュ家にはない。
全く別の貴族が、男爵ブランシュ家の『寄り親』だったからだ。

そしてレサン王国の身分制度においては、
『騎士隊の女傑』とはいえ、『男爵家の娘』では、
王族に準ずる『上級貴族の公爵家息女』御付きの護衛になる事は勿論、
ベアトリスの面前に正式に名乗り、まかりでる事も許されていなかった。

巨大な魔物オーガをグーパン一発であっさり倒した……
ベアトリス様って、一体どういうお方なのだろう?

ロゼールは興味津々(きょうみしんしん)で、
教育係のジスレーヌとともに、ベアトリスを出迎える事となった。

そんなこんなで……ベアトリスが来る当日。

事前に通達された時間ぴったりに、
『オーガスレイヤー令嬢』ベアトリスは、御付きの若い侍女5人とともに現れた。
乗って来た馬車も、豪奢な大型馬車である。

馬車から降り立ったベアトリスは、ロゼールの予想に反し、
男勝りの『筋骨隆々の女傑』ではなかった。

端麗な顔立ちと、流れるような長い金髪、宝石のように輝く碧眼を持つ、
美貌の貴族令嬢であった。

身長170㎝の筋肉質体躯のロゼールよりほんの少し背も高く、
すらっとして、スタイルも抜群に良い。

そして屈強な護衛の騎士も20名ほど、まるで取り巻きのように
VIPベアトリスの『護衛』として付き従っていた。

ロゼールが知っている顔が何人も居た。

見合いを断ったバスチエ男爵家の次男、エタンも含め、
全員が、『自分に完敗した男子達』ではあったが……

どちらにしろ、
『両親から置き去りにされるよう送られた自分』とはえらい違いだと、
ロゼールは苦笑した。

対して、修道院長以下、ベアトリスの出迎えで居並ぶシスター達。
その中には、ロゼールも、教育係のジスレーヌも居る。

「皆さま、ご機嫌よう! ベアトリス・ドラーゼですわ。出迎えご苦労様」

挨拶をしたベアトリスは、容姿だけでなく、
歌手になれそうなくらい声も美しかった。

まさに!

まぶしいくらいに光輝く、レサン王国のカリスマ貴族令嬢である。

修道院長も、ロゼールの時とは態度が一変。
愛想笑いを浮かべ、へりくだって、深く深くお辞儀をする。

「これはこれはベアトリスお嬢様、当ラパン修道院へようこそいらっしゃいました」

「うふふ。貴女が修道院長ね……父上が将来の為に花嫁修業しろって、何度もしつこく言うものだから、仕方なく来たわ。しばらくお世話になりますからね」

「はい! お嬢様のご教育担当は修道院長の私が直接、誠心誠意、務めさせて頂きます」

「ん? 私の教育担当が貴女なの? 修道院長さん」

「はいっ!」

「うふふ、でもね。ノーサンキュー。私の教育担当は、もう決めてるの。修道院長さん、貴女ではないわ」

「は!? 教育担当は!? わ、わ、私ではない!? で、で、では誰をっ!?」

「彼女!」

と言って、ベアトリスが指さしたのは……
何と何と!
花嫁修業、行儀見習い中の、ロゼールであったのだ。