たかが席順。
されど、貴族社会では大事な席順。

ベアトリスが次期当主の席に座る……
それはどういう事なのか?

私ロゼールという異分子を混在させるのも、
何か理由がありそうだ。

つらつら考えるロゼールを、ベアトリスは、じっと見つめていたが……

面白そうに二っと笑った。

ロゼールは嫌な予感がした。

案の定、

「ロゼ、いらっしゃい!」

と、ベアトリスが手招きした。

そして更に、

「バジル! 私の右隣へ椅子を持って来て! 早く! ロゼが座るから!」

と、命じてしまった。

「は!」

と直立不動で返事を戻したバジルは

さすがにロゼールは驚いた。

ロゼールが、ベアトリスの隣に座る。
スペース的には全く問題はない。

ベアトリスの両側からドラーゼ公爵家の家族が座る位置までは、
たっぷりと距離がある。

椅子を入れてロゼールがベアトリスの隣へ座っても、食事に支障はないのだ。

そう、物理的には問題はないが、先ほど言った席順の問題、身分の問題がある。

実弟を差し置いた次期当主の(そば)
そして、そもそも主人一族と使用人が、同じテーブルで食事をするなど論外なのだ。

平民は勿論、貴族なら尚更である。
それを貴族令嬢たるロゼールも重々承知していた。

「ベアーテ様!」

思わず、ロゼールは叫んだ。

「主人と使用人は席を同じく、それもそのようなお側に座るなどありえません!」

しかし、ベアトリスは華麗にスルー。

「早く! 私のマイルールを忘れたの?」

と、真剣な眼差しでロゼールを見つめた。

言われると思った。

……仕方がない。

覚悟を決めた!

ドラーゼ公爵家の家族からどう思われようと、開き直る。

自分の主はベアトリス様。
命令は絶対だ!

「かしこまりましたあ!」

大音声で応じたロゼールは、たったったったっと、ベアトリスの前へ歩み寄り、

「失礼致します!」

と、深く頭を下げた。

そして、当主たる公爵フレデリク、その妻バルバラ、嫡子アロイスへも礼をした。

ちらと見やれば、フレデリクは達観したような、バルバラはしかめっ面、
そして、アロイスはうつむいてしまっていた。

これは……先が思いやられるなあ……

軽く息を吐いたロゼールは、大回りして、ベアトリスの右隣へ座ったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ロゼールが座ったのを確認し、ベアトリスはすっくと立ち、きっぱりと言い放つ。

父フレデリク、母バルバラ、弟アロイスをぐるりと見回して、である。

「お父様! お母様! アロイス! 3人が気になっている事を申し上げますわ!」

気になっている事?

もしかして……
と、ロゼ―ルがピンと来たら、やはりビンゴであった。

「ロゼはね! 昨夜おじいさまとお会いしたわ」

おお……
と3人はどよめいた。

しかしロゼールが、思うに「やっぱり」という驚きの波動であり、
想定内という感があった。

そして、ベアトリスの言うたまに亡霊が出るというレベルの反応ではない。

グレゴワール・ドラーゼの亡霊は、頻繁に現れているのだ。

そして、ここからが本題といえよう。

「それで、ロゼは認めて貰ったの、おじいさまにね」

しかし、ロゼールは心の中で首を振った。

認めて貰ったというわけではない。
名乗って貰い、また明日の晩、来るからな! 
……つまり、今夜再訪する! と告げて貰っただけだ。

しかしここで、主のコメントをさえぎったり、否定するのは家臣として宜しくない。

つらつら考えるロゼールをよそに、ベアトリスの話は続いて行く。

「おじいさまは、今夜また来る、そして最後に大儀であったあ! と、ロゼへお声がけしたわ」

ベアトリスが、グレゴワール・ドラーゼの最後のセリフを告げた瞬間。

「な、な、何ぃぃ!?」

「そ、そ、そんなっ!?」

「し、信じられないっ!?」

父フレデリク、母バルバラ、弟アロイスに、
先ほどとは違い、はっきりとした驚き、動揺、戸惑いが見られた。

補足しよう。
『大儀であった』とは、「お疲れさま」「ご苦労さま」を、
命令調、高圧的、見下すような様子で告げる事だ。

だがここは、命令調、高圧的、見下すというのは論点ではない。
「お疲れさま」「ご苦労さま」に意味がある。

そう、グレゴワール・ドラーゼは、滅多にそのセリフを発しない。

気に入っている者、そしてよほど機嫌が良くないと、発しないのだ。

これまでに言われたのがベアトリスが、10回に満たず、
フレデリクが2回。
バルバラ、アロイスは皆無である。

3人が驚くのも、無理はない。

そして、その事実を告げるベアトリス本人も驚いていたのだ。

初対面のロゼが再訪を約され、決めゼリフを告げられた。
グレゴワールは、相当ロゼールを気に入ったと確信したのである。

……しばし経ち、何とか絞り出すように声を発したのはフレデリクである。

「ベアーテ」

「はい! 何でしょう? お父様」

「今、お前が言った事は本当なのか?」

「ええ、偽りとお思いならば、今夜ロゼに与えた昔の私の寝室にいらしゃったらいかが? 今夜もまた来るからな! と、おじいさまは、おっしゃったそうですから、ご自分の目と耳でお確かめになったら宜しいでしょう」 

「……………………」

ベアトリスから言われ、フレデリクは唇をかみしめ、黙り込んでしまった。

バルバラ、アロイスはずっと無言である。

「さあ、これでノープロブレム! いっさい問題はなしですね」

ベアトリスはそう言うと、「すとん」と軽やかに腰を下ろし、

「さあ、頂きましょう。朝食が済んだら出かけるから、革鎧に着替えてね、ロゼ」

と言い、にっこりと笑ったのである。