他にも本日の予定をざっくり、作業等の簡単な指示があり……
家令室における使用人の朝礼が終わり、解散となった。

現在の時間は午前7時15分……

これからどうしたら?
と、ロゼールは少し迷った。

ベアトリスの下へ戻るべきか、
このまま使用人達とともに作業へ入るべきなのか?

自分の立ち位置が不可思議且つ中途半端なのがもどかしい。

尊大で横柄な者なら、一切何もせず、使用人に対し、上から目線で威張るだけ。
もしくは、虎の威を借る何とやらならば、
主ベアトリスのそばを片時も離れず、ただただ『おべっか』を使いまくり点数を稼ぐ……

愚直なまでに真面目なロゼールの性格上、どちらも無理である。

まあ、良い。
迷っている時間はない。

全てを聞きまくるクレクレ君はいかがなものかと思うが……
何せ全く勝手が分からず、無駄を嫌い合理的なベアトリスが主なのだ。

解散し、去って行く使用人達を、腕組みをしながら見守るバジルへ、
ロゼールは歩み寄って行く。

「バジル様」

「……うむ、何でしょう、ロゼ様」

「勝手が全く分からないので、申し訳ありませんが、ご指導をお願いしたい。この後、私はベアーテ様の下へ戻るべきなのか、それとも皆さんのお手伝いをすべきなのか?」

何となく予想はつくのだが、ロゼールは尋ねてみる。

対してバジルは、

「ロゼ様」

「は、はい!」

「貴女はベアトリス様のご専属です。で、あればお側に居るべきです」

バジルの答えはロゼールが予想した通りである。

ベアトリスのそばに居て、申し付けられた用事に対応し、話相手を務め、
万が一の場合には、盾となる。
それが自分の役目なのだと、改めて認識する。

「了解致しました!」

「それと!」

「はい?」

「私の事は『様』と呼ばず、バジルと呼び捨てにしてください」

「しかし……バジル様は私が習得したいと思った拳法の師ですし、このお屋敷の使用人の長、家令でいらっしゃいます。私はベアーテ様の専属とはいえ、やはり使用人ですし」

「成る程……確かに、ロゼ様のお立場は、複雑ですからな」

バジルはそう言うと、しばし考え込むが、はた! と手を叩く。

「うむ! ではこうしましょう! 殿を付けてお呼びください」

「殿というと、バジル殿と」

「ええ、バジル殿でお願い致します」

「バジル殿……か。了解致しました!」

補足しよう。

『殿』は本来は地名などに付き、その地にある邸宅の尊称として用いられていた。
通常は、書面などでの形式的なもの、または下位の者への軽い敬称として用いる。

つまりロゼールから見て、バジルは下位の存在ではあるが、敬いの気持ちも表せる。
と、バジルは考えたのであろう。

ロゼールも特に異存はない。

「ありがとうございます! 今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します!」

ロゼールはいつもの癖で、直立不動。
バジルへ敬礼をして去って行った。

その後ろ姿をバジルは苦笑しながらも、柔らかい眼差しで見送っていたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

家令室を出たロゼール。

やや速足で、ベアトリスの部屋へ戻る。

大扉へノックをし、声を張り上げる。

とんとんとんとんとんとん!!

「ベアーテ様っ!! ロゼはただいま戻りましたあ!!」

ベアトリスの居間で鳴る魔導ベルの呼び出しは付いているのだが、
彼女があまり好まないのだ。

その代わり、扉わきにはスイッチ形式の魔導集音器があり、
来訪者の声を受け、居間へ流す。

ロゼールは当然、このスイッチを押していた。

ちなみに一応、万が一! の場合を想定して、ベルは取り外さないらしい。

「ロゼール! 剛直で、人一倍頑健なお前は、万が一などないであろう?」
などと、父オーバンから、からわれた事を思い出し、
ロゼールは懐かしく思い、苦笑した。

対して、ロゼールの通る声はちゃんと届いており、

「待っていたわ! 中へ入って頂戴(ちょうだい)! 居間まで来て!」

元気なベアトリスの大きな声が戻り、ロゼールは扉を開けた。

部屋をひとつ経由し、居間へ。

ベアトリスは肘掛け付き長椅子(ソファ)へ座っていた。

すぐにロゼールの姿を認めると、手をひらひらさせた。

ロゼールは、再び声を張り上げる。

先ほどよりは、少し声量をセーブしていた。

「お待たせ致しました! ベアーテ様!」

「うふふ、お疲れ様、どうだった? 朝礼は?」

「はい、私のご紹介。そして、私の先輩である使用人達の顔をおおよそ覚えました。後は個別に紹介し合えば、すぐ記憶出来ます」

ロゼールの言葉は、嘘ではない。

ベアトリスはロゼールの言葉を聞き、満足そうである。

「へえ、さすがね、ロゼ。記憶力も良いのね」

「はい、誇れるほどではありませんが、ぼちぼちです」

「うふふ、そういえば……」

そういえば……と、言われ、ロゼールは来たあ!と思った。

ベアトリスが聞きたい事は分かっている。

ロゼールは軽く息を吐き、ベアトリスの言葉を待ったのである。