翌日、ロゼールは「急で申し訳ありませんが一身上の都合で……」
というくだりで辞表を出し、騎士隊を退職した。

隊長と副隊長はロゼールの才能をとても惜しんでくれたが……
一般の隊員達には『エタンとの一件』が伝わっていたらしく、女子の騎士以外、
ほとんどが冷ややかであった。

ロゼールは脱力し、苦笑した。
王国の為にと頑張って来たが……
逆に未練だった騎士の職に『踏ん切り』がついたのだ……

1週間後、ロゼールは両親とともに馬車で、
王都から少しだけ郊外にある創世神教会ラパン修道院へ赴いた。

このラパン修道院は貴族令嬢、上級市民女子の花嫁修業、行儀見習いで知られた院である。

修道院は原則、男子禁制。
送って来た両親は修道院の入り口で、ロゼールを降ろし、
置き去りにするように、さっさと去って行った。

到着したロゼールを出迎えたのは当然、全員が女子。
口元をきりりと結び、
『スパルタ教育の鬼』と(ちまた)で評判、60代半ば過ぎの修道院長。
そして上は40代から、下は10代のシスター30名、都合31名である。

シスター30名の中には数名の騎士隊のOGが在籍し、
更にその中に、元・子爵夫人ジスレーヌ・オーブリーが居た。

ジスレーヌはロゼールが入隊1年後に体力の限界を訴え、35歳で除隊。
その3年後の38歳で、入り婿の夫が40歳過ぎではやり病で亡くなった。

亡き夫を深く愛していた事、子供が居なかった事もあり、
再婚はしなかった。

また、陰謀渦巻くどろどろした貴族社会に嫌気がさしていたこともあり、
敢えてオーブリー子爵家を断絶させ、財産を処分。

隠棲する形で、結婚前に花嫁修業をした、ラパン修道院へ身を寄せていた。

現在では、修道院に在籍する、他の元女子騎士のシスターとともに、
『シスター兼護衛役』として、張り切って仕事をしている。

実は、ロゼール。
もしも花嫁修業で修道院へ入るのならば……
騎士隊で懇意にしていたOGのジスレーヌ達が在籍する、ラパン修道院でと、
父へ希望を告げてあったのだ。

そして、父は希望を受け入れてくれた……

さてさて!
騎士隊でいつも先輩、同輩、後輩とやりとりしているように、ロゼールは名乗った。

「皆さん、ロゼール・ブランシュです。宜しく頼む!」

瞬間、ジスレーヌが「くすり」と笑う

すると案の定、
早速、スパルタ教育の鬼、修道院長の『教育的指導』が入った。

ぱんぱんぱんぱん!
と、手が激しく打ち鳴らされ、修道院長は凄い目で、ロゼールをにらんだのだ。

「ロゼール殿、全てが、なっていません!」

「え? 全てが? なっていないとは? 一体どういう事です?」

「全てです!」

「ええっと……」

ロゼールが困惑すると、修道院長は速射砲のように早口でまくし立てる。

「貴女の淑女としての態度、言葉遣い、姿勢がですっ! バツ、ダメ、ボツ、全くの不合格ですよっ!」

激しい口撃に圧倒されるロゼール。
修道院長は、どこぞの魔物より強敵である

「あう!」

「あう! ではありませんっ! ロゼール殿の御父上、ブランシュ男爵閣下からは、貴女を一人前の淑女にするよう重々頼まれておりますから!」

その後、ロゼールは散々説教された上、淑女としての心得を1時間たっぷり指南された。
修道院長曰はく、これでも淑女になる為の基礎中の基礎という事だ。
そして、ロゼールは修道院在籍中は、『シスター、ロゼール』と呼ばれる事となった。

そんなこんなで、ようやく修道院長から解放されたロゼール。
与えられた個室で、気分転換にストレッチをする。

10分ほど経ち、とんとんとん!と、扉がノックされた。

「は、はい! ど、どちらさまでしょうか? シ、シスター、ロ、ロゼールは在室しておりますです!」

噛みまくり、語尾もおかしい。
しかし、何とか言葉を返したロゼール。

すると、

「くくくくく」

と含み笑いが。
この笑い方は昔、散々聞かされた。

「せ、先輩! い、いえ! シスター、ジスレーヌ! ど、どうぞ! 扉は開いております! カ、カギはかかっておりませんっ!」

そう!
先ほど、修道院長からは、騎士隊OGのジスレーヌ、
つまりシスター、ジスレーヌが『教育係』としてつけられたのだ。

「失礼しますよ、シスター、ロゼール」

ジズレーヌが入って来ると、ロゼールは安堵し、既視感(デジャヴュ)を覚える。
騎士隊入隊時にも、ロゼールの教育係を担当したのが、
当時ベテラン騎士のジスレーヌだったからだ。

昔取った杵柄、素早い身のこなしで、ジスレーヌが「するり」と室内へ入った。

パタンと扉が閉まる。

と同時に、真面目な表情だったジスレーヌの顔がいっぺんにほころんだ。

「くくくくく! ロゼったら、シスター、ロゼールは在室しておりますです! って何、その言い方?」

「は、はあ……修道院長の粘着説教で、メンタルがやられました」

「メンタルがやられた? くくくくく。緊張MAXで、それも噛みまくりじゃない! 騎士隊史上、最強の女傑も形無しね!」

ジスレーヌは、騎士隊所属時と同じく、ロゼールを愛称で呼んだ。
そう、ロゼールの愛称は『ロゼ』なのだ。

「はあ~、先輩の顔を見て何か安堵したというか、ホッとして、思い切り脱力しました。地獄に天使って感じですよ、先輩……」

「くくくくく、地獄に天使って、面白い子……ここは天国をお創りになった創世神様の修道院なのよ」

「……………」

「まあねえ、ロゼの気持ちは、よっく分かるわ。初めてこの修道院へ、花嫁修業、行儀見習いに来た、若い頃の私も、ロゼと全く一緒だったもの」

「はあ……でしょうね」

「……まあ、修道院長から『事情』は聞いたわ。苦労して貴女に持ち込んだ見合いをぶち壊されたお父様が、遂に痺れを切らしたってわけね」

「そうなんですよぉ……見合いを断られ続ける世間知らずのお前は、騎士を速攻でやめ、このラパン修道院へ、花嫁修業、行儀見習いに行けって言われました。行かなきゃ勘当して、家を放り出すって」

「家を放り出すか……」

「はい、もしも反論、拒絶などしたら、お前を勘当し、国外追放する! 世間知らずのお前は野垂れ死にでも何でもすれば良い! 我が家は遠縁の者を養子入れさせ、存続させる! って怒鳴られました」

「でも、ロゼは家を出て他国の騎士とか、冒険者になろうとか思わなかった?」

「迷いましたけど、やめました。父の言う通り、私、武道一筋で、とんでもなく世間知らずなので。いいように使われるか、とんでもない男に引っかかって騙されるのがオチですから……それもいかがなモノかと……」

「そうなの。まあ、仕方ないわ、見合い結婚して家を継ぐと決めたのなら、
今更、じたばたしてもどうにもならない。いろいろ勉強しながら、武道以外のスキルも習得しなさい。そして、ここの暮らしに少しでも早く慣れて、ストレスを溜めない事が肝要ね」

「はあ、わっかりました」

「幸い、私が『教育係』だからさ、あまり息が詰まらないようにしてあげるわ」

「お願い致します、先輩! 本当に頼りにします!」

笑顔のジスレーヌを見て、またまたロゼールは大きく息を吐いたのである。