ロゼールとベアトリスは、いくつもの部屋を回る。
その数20。
全てが、このドラーゼ公爵邸におけるベアトリスの部屋なのである。

5室ほど回ってから、ベアトリスが尋ねて来る。

「どう? ロゼ、何か感想はある?」

「はい、ベアーテ様。凄い数の部屋と……服ですね」

ロゼールが言えば、ベアトリスが吐き捨てるように言葉を戻す。

「はあ? ロゼったら、何言ってるの? 全然、たいした事ないわ」

「うっわ! 20部屋もあって、大した事ないのですか?」

「ええ。知り合いの王族は、王宮、別邸合わせて自分の部屋を100室以上持ってるわ」

ベアトリスは、少し不機嫌そうに口をとがらせた。

対して、ロゼールは苦笑。

「いや、王族とか、100室って……ベアーテ様の比較対象が極端過ぎますよ」

すると、ベアトリスは意味深な事を言う。

「うふふ、極端過ぎるなんて、とんでもない。ロゼもすぐ同じ生活レベルになるからね、慣れないといけないわよ」

しかし、ロゼールは苦笑したまま、首を横へ振る。

「ええっと……同じ生活レベルには到底ならないかと思いますが……ベアーテ様は主人、私は仕える使用人、ですから」

「だって! ロゼも一緒にこの部屋に住むのよ」

「それは、私がお付きというお役目において、ベアーテ様の温情で、お側で過ごすだけですから」

「お側で過ごすだけなんて、あま~い!」

「え? 甘い……ですか?」

「ええ、甘いわ。ロゼ、貴女はねメイドをしながらも、私と同じレベルの生活をするの! 衣食住すべてにおいて!」

「衣食住すべてが!? ベアーテ様と同じ!? それは、凄く畏れ多いですね」

「構わないわ! 幸い私とロゼは食べ物の嗜好も近いし、体型もそう。服も共有出来るしね!」

「ベアーテ様の服を共有!? 見せて頂いた舞踏会で着用するようなドレスは、私には到底似合いません。せいぜい、立派な革鎧を着用するくらいが関の山かと」 

「そんなの駄目よ! ロゼ!」

「え? 駄目ですか?」

「ええ! ロゼ! 貴女はね、持てる才能を限りなく発揮し、更にバージョンアップしなければならない。もっと一流に触れて、その何たるかを知るべきよ」

「そこまで見込んで頂き、本当にありがたいのですが……」

「ですが……何?」

「ベアーテ様がなぜ、私にそこまで目をかけて頂くのか、理由が全く思い当たりません」

ロゼールが言うと、ベアトリスは意味深に笑う。

「うふふ、理由ねえ……」

「はい、理由が知りたいですね」

「へぇ、理由を知って、どうするの?」

「はい、ベアーテ様の9割を理解出来るようロゼは努力したいと思いますから」

「あはは、成る程。確かに私の9割を理解しろと言ったわね」

「はい、懸命に努力しますから。ヒントをください!」

「ヒントねえ……分かったわ……でも、貴女を、我がドラーゼ家に連れて来る理由なら前にも言ったでしょ?」

「はい、確かに、ラパン修道院でおっしゃいました」

ロゼールは言い、記憶をたぐった。

ベアトリスの言葉がリフレインする。

「ロゼール! 貴女はね、とても才能がある女子よ。もっと適材適所で輝くべき人材なの! それをしっかり自身で理解して!」

「ロゼール! 無理やりの、愛がない見合い結婚なんかしちゃいけない! 私ベアトリス・ドラーゼが、絶対にさせやしないわ!」

ベアトリスは、ロゼールの才を見込み、父フレデリク・ドラーゼ公爵に働きかけ、
父オーバンに直談判。

そして、ドラーゼ家へ引っ張って来てくれた。

ロゼールは身分違いながら、ベアトリスに近しい感情を覚え、信頼の絆を結んだ。
対して、ベアトリスも同じ気持ちを持ってくれたと思う。

その直感は間違ってはいないだろう。

しかし……
貴族という生き物は、伝統と慣習、見栄と世間体を重んじ、権力と金を欲する。

そして、自分の血筋、家柄を大事にする。
自家の繁栄と存続を最も優先する。

天職と感じ、騎士となったが……
貴族令嬢でもあるロゼールはそう認識し、これまでの人生で学んだ。

……物事には表と裏がある。

ベアトリスがここまで動いてくれたのには、もっと他の、
『大きな理由』があるはずだ。

だが……
その『大きな理由』を、
ベアトリスがそう簡単に教えてくれるとは限らない。

ただ……
ここまでベアトリスと接した中に、
また、このドラーゼ家の雰囲気にヒントが隠されていると、ロゼールは思う。

ベアトリスの言動を思い直す。

そして、このドラーゼ公爵家の家風……

当主たるベアトリスの父フレデリクが、自分の娘に、
そしてベアトリスの母バルバラも。
そして弟アロイスも。

血がつながった肉親でありながら、ベアトリスに対し、
とんでもなく気を(つか)っていた。

そこに『家族の気安さ』というものは、ほぼなかった。

けして、皆無ではない。

だが、希薄と言って良いかもしれない。

バジル以下使用人も、ベアトリスが当主であるかのように、
気を遣っていた……

そこまで考えて……
ロゼールは、いくつかの想像から成立する『仮説』を立てた。

もしもその仮説が真実だとしたら……
ベアトリスは、悩み苦しんだだろう。

多分、ベアトリスはロゼールの境遇に自分を重ねていた。

だから、ロゼールが、自分の代わりに羽ばたいて欲しい。
そう考えたのかもしれない。

ベアトリスの父フレデリクからも言われた。

「大丈夫! お前ならば出来る! 頑張ってあの子の出す課題をクリアし、才を活かせ! 世に出て名を残す女子になれ! 我がドラーゼ家が後押しする!」

才を活かせ! 世に出て名を残す女子になれ!

というのが、ベアトリス自身の望みである。
もしも、それが、何らかの理由があって、出来ないのだとしたら……

そこまで考え、ロゼールは納得した。

にっこりと笑う。

「分かりました」

「へえ、分かったの?」

「はい、私が目指す、ベアーテ様をご理解する9割とまではいきませんが……7割ほどは。まあ、想像成分が多めの7割ですが」

「想像成分が多めの7割? あはははは、相変わらず、面白いわね、ロゼは!」

ロゼールが考えた事を知ってか知らずか……

ベアトリスは、嬉しそうに笑い、

「さあ、まだ部屋はあるわ。ふたりでじっくりと見ましょう。貴女の部屋にも案内するわ」

と、見回りの続行を促したのである。