「待ってたわ! すぐに入って頂戴!」

と、急かすようなベアトリスの声が聞こえた。

バジルは扉の向こうで見えないベアトリスへ深く一礼。

「失礼致します!」

とフレデリクの書斎へ入るより大声を発し、扉を開けた。

「では、ロゼ様、失礼して先にお部屋へ入らせて頂きます……失礼致します、ベアトリスお嬢様!」

バジルは淡々と告げ、やはり優雅な立ち居振る舞いで、ベアトリスの部屋へ入った。

入ってすぐの部屋は、ベアトリスが普段過ごす居間ではなく、控えの間であった。

どうやらこの部屋で、ロゼールを待っていたらしい。

「うふふ、お帰り、ロゼ」

「ただいま、戻りました、ベアーテ様!」

ロゼ―ルが入室すると、

「ああ、バジル。もう大丈夫よ。何かあったら呼ぶわ。それと予定通り、ロゼには私の部屋を与えるから!」

ベアトリスは「びしばし!」と命令した。

「は! かしこまりました! では! 何かあったら魔導ベルでお呼びくださいませ!」

対して、バジルも滑舌良く応え、やはり優雅な立ち居振る舞いで引き下がった。

扉がバジルによって閉められると……
ベアトリスは一気に柔和な顔つきとなった。

自宅へ戻った時とはまた違う、ラパン修道院で生活を共にした時の笑顔と同じだ。

成る程と、ベアトリスは納得し、ピン!と来た。
ひとつの仮説が思い浮かぶ。

「うふふ、結構、時間がかかったわね、お父様とのお話は」

ベアトリスから尋ねられ、ロゼールは、

「はあ、ぼちぼちですね」

と無難な言い回しをした。

ベアトリスは更に尋ねて来る。

「お父様ったら……私と同じく疲れているからすぐに解放してと言ったのに、ロゼ、気に入られたでしょ?」

対して、ロゼールはまたも同じ物言い。

「はあ、ぼちぼちですね」

すると、ベアトリスは軽く切れる。

「もう、何よ! はあ、ぼちぼち、ぼちぼちって! まるでどこかの貴族みたいに、のらりくらりと、やめて! そういうの!」

やはり、仮説が当たった。

なので、ロゼールは、

「はい、了解致しました。では、ベアーテ様とふたりきりで、こちらのお部屋において過ごす際には、修道院と同じノリで行かせて頂きます」

と言えば、

「ああ、感動! さすがロゼ! 私が何を望んでいるのか、すぐ分かる! 打てば響くってこの事ね!」

ぱああっと、顔を輝かせた。

ここは少し、ウイットをきかせた方が良いだろう。
少し自慢になるかもしれないが、
(あるじ)ベアトリスの理解度に自負があると取って欲しい。

「ええ、ベアーテ様のお考えは、7割がた、理解出来ますから」

「だめ! 私のロゼが7割がた、なんて! 目標はもっと高く持ってよ!」

「はい! ではベアーテ様を9割がた、ご理解出来るよう頑張ります!」

「うふふ、さすがロゼ! 人間にはどうしても他人と分かち合えない1割の部分があるものね! 血を分けた親兄弟でさえもね!」

「御意! おっしゃる通りだと思います」

ロゼールのウイットは理解して貰ったらしい。

ベアトリスは、ひどく上機嫌となったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ロゼールとベアトリスは少し雑談したが、
いわざるロゼは、ベアトリス父フレデリクから言われた内容を殆ど話さなかった。
ただ、励まされたとだけ、主へ伝えておいたのである。

上機嫌のベアトリスは、ロゼールを部屋の各所へ案内すると言い出した。

「さあ! 私の部屋を案内するわ! 少し時間がかかるけど、我慢してね!」

「は! 謹んでお供致します!」

「ロゼの部屋にも案内するから! 3部屋あげる!」

「え? 3部屋も! 宜しいのですか?」

「大丈夫! 20室あるから! そのうち1室は、ちょっと、わけありの部屋なのよ」

「わけあり?」

「ええ、たまにね、生前私を凄く可愛がって頂いた先代ドラーゼ公爵家当主、おじいさまの亡霊が出るらしいの!」

「はあ!? 前当主様の亡霊が!?」

「うん! 百戦錬磨のロゼなら、亡霊なんて平気でしょ!」

「は、はあ……確かに、騎士隊で、不死者(アンデッド)退治にも赴いたので平気ですが……」

「あはは、私、おじいさまは大好きなんだけど、亡霊は苦手なの」

「そ、そうなんですか? 信じられない……」

「何よ、それ! その反応! 私だって、かよわい乙女なのよ!」

「いえいえ! 麗しき乙女だとは思いますが、『かよわい』とはとてもとても」

「ぶつよ! ぐ~で!」

「あはは、ご勘弁を、ベアーテ様! ロゼは、オーガのようになりたくありません」

「冗談よ! ロゼスレイヤーなんて、呼ばれたくないわ!」

などと、他愛もない会話を交わしながら、
ふたりはベアトリスの部屋を回ったのである。